38 -お返し-
今まで忘れられなかったのは
私が貴方のことを
忘れたくなかったから…――?
Link.38 -お返し-
ガチャッ
鍵が開いた音がした。
そして間もなく、扉が開く。
『!!』
「せっ…精、ちゃん…」
一番見られたくない人に、見られてしまったこの光景。
頭が真っ白になった。
『テニス部の部室に、何の用かな?』
精ちゃんは田中くんの腕を掴む。
『うるせぇな、今イイとこなんだよ。邪魔すんな!』
「
ダメ…ッ!!」
手を振り払って、田中くんは精ちゃんに殴り掛かる。
やめて…――ッ!
『…ッ!』
田中くんのパンチは、精ちゃんの手で押さえ込まれた。
『用がないなら、さっさと出て行ってくれないか』
『ちっ…くしょ…』
精ちゃん…。
さすがは王者立海の部長。
軟弱そうに見えても、筋力はちゃんとあるんだ…。
『クソッ…!オラ、行くぞ!』
「
い、嫌っ…!!」
私は田中くんの手を思いっきり振り払った。
案の定、田中くんは凄い形相で私を睨む。
『悪いけど…マネージャーのこの子に用があるんだ』
『…ッ、勝手にしろよ…!』
物凄い勢いで出て行く田中くん。
「………」
『………』
この場には気まずい空気だけが、残されていた。
どうしよう…精ちゃん、怒ってる…?
――バサッ…
「わっ…!」
精ちゃんが肩に掛けてあったジャージを投げる。
これは…。
『とりあえず着て。その状態じゃ話も出来ないから』
「あ…ごっ、ごめん…!!」
自分がどうゆう状況だったか、やっと把握する私。
恥ずかしさが込み上げる。
「…着ました…」
不謹慎だけど、精ちゃんのジャージを着てドキドキする私。
相変わらず精ちゃんの表情は強張ったままだけど…。
『彩愛』
「はっ、はい…!」
この名前を呼ぶ声のテンションの低さ。
きっと、濃厚なお説教が待ってるんだろうな…。
と思ったけれど、
『大丈夫?』
精ちゃんの口から出た言葉はこれだった。
心配、してくれてる…?
いや、まさか優しくしてからの説教?
「う…うん。助けてくれてありがとう…」
『…間に合って良かった』
なんて、優しい言葉を掛けられたから。
今更ドッと涙が溢れ出した。
「精ちゃぁぁん〜…」
『はいはい。これからはもっと人を見て付き合いなよ』
優しく頭を撫でてくれる精ちゃん。
今日の精ちゃんは、私が昔っから知ってる精ちゃんだった。
いつも通りの、優しい精ちゃん…。
『もう大丈夫?』
「うん、ありがと…」
『本当に危ないところだったな』
「…うん」
「や、だ…助けて…誰か!!」
『静かにしろ!』
「――ッ…」
「でも…キス、されちゃった…」
『え?』
私は無防備な精ちゃんの唇に、自分の唇を重ね合わせた。
不思議と精ちゃんが抵抗しないものだから、調子に乗ってもっと深く口付けをした。
唇を離した後の精ちゃんの顔を想像するのが怖かったけど、この際関係ない。
『ごめん…』
私だって、傷付いたんだもん…。
『相手…間違えた――』
お返しってことで…
良いよね…――?
ゆっくりと、唇が離れた。
思った以上に精ちゃんの顔が近くて、思わず目を反らす。
「あのときの……お返しっ…」
理由を付けないと、精ちゃんへの気持ちが溢れ出てしまいそうだった。
彼女持ちにキスなんて…禁断…。
『なんか…』
精ちゃんが口を開く。
その次の言葉を聞くのが怖い…けど、聞かないわけにもいかない…。
顔を合わせるのは不可能だったから、耳だけ傾けた。
そして精ちゃんが一言。
『田中とキスしてる気分だったよ』
「えっ…?」
もしかして…だから拒まなかったの…?
怒られはしなかったけど、何だか複雑な気分だった。