44 -取り引き-
これが最後の賭け。
貴方の彼に対する想いに、
私は賭ける――
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(side:亮子)
『彩愛は逃げなかった。どれだけ大好きな部員に嫌われても、ボロボロになっても、この部を信じ続けた。牧原、君にはそんな覚悟があるのかい?』
何よ……何よ何よ…ッ!
何故貴方は、あんな女を愛すの?
どうして私が欲しい貴方は…手に入らないの…?
『どうして…ッ!誰一人として…彩愛ちゃんの言葉に…耳を傾けてあげないんですか……ッ…』
彼女も私を裏切った。
惜しい人材だったけど、そんなことはどうでも良いわ。
私の計画が音を立てて崩れて行くのが分かる。
もう、あの子に賭けるしかない…。
「
彩愛ちゃん…」
『
!!』
あらあら、可哀想に。
脅えてるじゃない…みんなが手荒に扱うから。
特に、幸村くんなんてボロボロにしてたものね。
幸村くん…
貴方を手に入れることが出来ないのなら…
私は貴方の幸せなんて願わない。
「本当のこと、教えてあげるわ」
『…ほんと…の…こと…?』
「
幸村くんは、私のことを好きではないわ」
『!?』
残念ながら、一瞬たりとも私に振り向くことはなかった。
でも…この女には…。
ギリッ、と憎しみを歯に押し当てた。
「幸村くんは貴方のことが好きだったのよ」
『!?……う…嘘…精ちゃんは……』
「大分貴方を傷付けたみたいね?でも、それは貴方を守る為だったのよ」
人間って、自分に都合良く生きたいのよね。
辛いことがあれば、光を信じて止まない。
だから、貴方も私の言うことを聞く筈…無条件でね。
「私の彼氏になって、私の行動を見張るなんて…ホント、失礼な奴」
『で…でも…精ちゃんから……キス……してた……』
「あぁ、あれは私が頼んだからかしら。あんなの目撃するなんて…貴方もタイミングが良いのか悪いのか、分からないわね」
あの時…幸村くんも、珍しく動揺してたわね。
そんなにこの子のことが大切なのかしら…馬鹿馬鹿しい。
「幸村くんは、貴方をどうしてもマネージャーから外させたかった。私が貴方を傷付ける前に…。だから、何度もテニス部を辞めるように仕掛けた。…って言っても、ワガママな貴方は幸村くんの言うことを聞かなかったけど」
『……ッ、……う、そ……』
あらあら、頭の中が真っ白になってるみたいね。
そりゃ幸村くんがこの子のことを想ってたなんて、知るはずがないものね。
何せ、幸村くんは隠してたから。
「貴方は知らないでしょ?幸村くんが貴方を見る目は…いつでも、暖かかった…」
私には向けない目。
貴方だけに向ける目。
幸村くんの目は…いつだってこの子しか見てなかった。
『だって精ちゃんは……牧原先輩のことが、好き…って………』
「あーもう!何回も言わせないでよね。貴方を守る為だって言ってるでしょ」
言ってて自分が惨めになってくるわよ。
ほんっと、イライラする。
「私が、幸村くんを縛ってたの」
『縛って…た…?』
「そう、“大海彩愛を守りたければ、私と付き合え”って言ったのよ。貴方の髪の毛を頂戴したあの日に」
『…!』
あの日から、幸村くんは覚悟を決めたみたいね。
だから貴方への態度が変わり始めたのも、あの頃の筈。
『なんで…そんなこと…』
「私が彼を好きだったから」
『好きだから…?』
「何よ、その顔。貴方は私ではない、私も貴方じゃないわ。好きだからってそんなことをするのはおかしい、なんて…貴方の気持ちを押し付けないでよね?」
そう、私は貴方ではない。
だから彼は…振り向かなかった。
「彼は苦しんでたわ、それはもう物凄く」
『……ッ…』
「だってそうでしょう?好きでもない私と付き合って、本当に好きな貴方を傷付けなければならない。貴方が逆の立場なら、どんな気持ちになった?」
『…精、ちゃん……』
思い出してるのかしら?
貴方の知ってる“精ちゃん”を――。
『なんで…この話を…、私にしたんですか…?』
「…フフッ、癇の良い子ね」
私が何もせずに、このまま終わるわけないじゃない?
私の欲しいものが手に入らなくて、貴方達が幸せになる?
そんな良いお話、有るわけないじゃない。
「取り引きをしましょう」
『…取り引き…?』
「そう。幸村くんは解放してあげるわ。その代わり…」
これが最後の賭けよ。
貴方は幸村くんに対して、どれ程の気持ちを持ってるのかしら――?
「貴方を売りなさい」
『!?』
「この意味が分かるわよね?」
『体を……売る、って…ことですか…?』
「その通り。貴方を守ってくれた幸村くんに、貴方が出来ることって…彼を幸せにすることじゃない?幸村くんは貴方の為に苦しんだ。貴方は、幸村くんの為に苦しむことが出来るのかしら?」
貴方を私の知り合いの家に売る。
いくらで買い取ってくれるかしら?
まだ若いし、結構高値になるとは思うんだけど。
『…分かり、ました…』
「…交渉成立ね」
そっと、録音停止ボタンを押した。
後で知らないなんて言われても困るもの。
証拠はちゃんと保存しておかなくちゃ。
「フフ…」
さようなら、大海彩愛。
さようなら、幸村くん…?