51 -届かない距離-
遠い…
近いようで、遠い。
この距離を、私は埋められない――
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『足りねぇなら…5倍でどうだ?』
景ちゃんは、またもや札束を取り出す。
私達高校生には滅多にお目にかかれない金額が、目の前に積み重なっていく。
『……。分かった』
『交渉成立だな』
そう言うと、景ちゃんは私の目の前に立った。
私は精ちゃんから離れる。
『…彩愛』
「景ちゃ…」
――パシィッ…!
左頬に痛みが走った。
驚いたけど、何の痛みかは分かった。
景ちゃんの…私への気持ち。
『馬鹿か、お前は』
左頬を押さえた。
頬が熱い…
軽率な行動をした私へのお叱りと、それ以上に、私を思う熱い愛情。
胸が、締め付けられる…。
「うっ……」
『お前を思ってくれてる色んな人を、裏切るようなことしてんじゃねぇよ』
「景、ちゃ……」
言葉は決して柔らかくはないけど、これが景ちゃんの優しさ。
景ちゃんの言葉はいつも、厳しさの中に優しさが入ってる。
昔から、そんな人だった。
「ごめっ…なさ…い…っ…」
心から、自分のしたことを反省した。
一人で行動して、みんなに迷惑かけて、心配かけて…。
精ちゃんに届きたくて、背伸びばっかしてた。
かっこつけて、強がって…
でも結局、人に頼るしかないんだ。
私は、一人じゃ何も…出来ないんだ…。
『おい、彩愛。いつまでそんな格好してるつもりだ?』
景ちゃんはベッドに置いてあった毛布を、私に掛けてくれた。
『そろそろ行くか。部員を待たせてあるからな』
『精市、彩愛も無事だったことだ。皆に報告しなければ』
『そうだな。俺達も学校に戻ろう』
『近くまで送ってくぜ』
景ちゃん、蓮二先輩、精ちゃん。
私はずっと、この人達の背中を見て成長してきた。
ずっと、この人達の後ろを歩いてる。
たったひとつしか変わらないのに。
どうしてこんなに、遠いんだろう…――
『俺は彩愛を妹として見てきた』
精ちゃん…
『…彩愛。俺も…好きだよ』
精ちゃんのホントの気持ちは…どっち?
『今更恋なんて感情は抱かない』
わかんないよ…
『ずっと、大好きだった…――』
私もう、わかんない…――
『
彩愛!!』
「!…赤也…丸井先輩…みんな…」
部室に入ると、みんなが出迎えてくれた。
大好きなみんなの顔…
今までのモヤモヤした気持ちが一気に爆発したかのように、涙が溢れた。
『で、彩愛ちゃんはメタボのおっさんにいい子いい子されたんか?』
『仁王、その表現は些か』
『参謀。参謀もオトコノコじゃろ?』
『仁王先輩、私はオンナノコです』
女の子の前では言葉を選べと。
そう訴えたそうな梨華ちゃんの顔が浮かぶ。
『そうやったのぉ。白井は生娘か?』
『ノーコメントです』
仁王先輩の変態ジョークが繰り広げられる。
そのいつもの光景が何だか懐かしく思えて、凄く安心した。
私の居場所がここにある。
それだけで、嬉しくて堪らなかった。
『ジョーダン抜きで、彩愛は大丈夫だったんスか!?』
『危なかったけどね。何とか』
赤也が安堵の表情を見せる。
その後ろで、椅子に座って微笑む…牧原先輩…。
『なーんだ、無事だったの?ヤられちゃえば良かったのに』
牧原先輩のその言葉に、みんなの動きが止まった。
『んだと、テメェ…!』
赤也が拳を握り潰して、牧原に立ち向かう。
『言って良いことと悪いことがあ』
――パシィィィンッ!!
『る、だ…ろ……え…?』
『……ッ』
涙で視界が霞んで、状況を把握するのに時間がかかったけど…今、把握。
白井ちゃんが牧原さんを殴った。全力で。
『
最ッ低。同じ女として有り得ない』
『…痛いわね』
『私はアンタを許さない、絶対に』
『何良い子ぶっちゃってんのよ。貴方も最初は嫌ってたくせにね?この子のこと』
『それはっ』
『ここにいるみんなそうよ。コロコロ態度変えちゃって。結局、最初からこの子のこと信じてたのって、そこにいる切原くんと、仁王くんと、柳くんと…精市くんだけじゃない?』
精市くん…か。
きっと、この人はまだ精ちゃんの事を…。
『ホント、調子が良いわね。そんなんだから私に引っ掻き回されるのよ。ねぇ?精市くん』
牧原先輩は精ちゃんをジッと見つめる。
精ちゃんの表情は相変わらず読めない。
『…そうだな』
静かに…でも、確かな存在感を持って、精ちゃんはそう言った。