52 -押し込めた言葉-





好きだ、と言う一言が



どうしても出てこないんだ――
















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(side:幸村)















「そうだな」



部内がこの女に引っ掻き回されたことは紛れもない事実。

その事実を変えることは出来ない。




「ただ、君のおかげで学ぶことが出来たよ。仲間を信じることの大切さを」




大切なのはこれから。

過去には戻れない、未来を創り上げて行くしかないんだ。




「もう俺達は迷わない。良い経験をさせてくれたね、ありがとう」




これ以上、この女とは関わりたくなかった。


俺は冷たい目線だけをその場に残して、すぐに部室を出た。

爽やかな風が、今は妙に邪魔に思えた。




『体を……売る、って…ことですか…?』

『その通り。貴方を守ってくれた幸村くんに、貴方が出来ることって…彼を幸せにすることじゃない?幸村くんは貴方の為に苦しんだ。貴方は、幸村くんの為に苦しむことが出来るのかしら?』







「………」



俺は、彩愛の近くに居て良いのか

俺の存在は、彩愛にとって良くないものではないか


考えれば考えるほど、俺達は一緒に居てはいけない気がした。




『精市、彩愛に告げなくても良いのか?お前の想いを…』

「…蓮二」




蓮二も彩愛のことが好きだった。

仁王も、赤也も。

今の状態だったら、彩愛を信じてくれる人はいっぱいいる。

彩愛の相手は、俺じゃなくても良い。


いや…俺であってはいけないんだ。




『もう、お前達に障害などないだろう』




もし俺と彩愛が付き合ったとしたら、きっと彩愛は恋人の俺を守る為に何でもする。

どんなに無茶なことだって、自分を傷付ける行為だって、俺の為だと思って厭わない。

俺はそれを、気付くことが出来ないまま見過ごしてしまうかもしれない。

何かが起こってからでは、遅い…。




「蓮二…3年前のこと、覚えてる?」

『3年前…?』

「俺が、彩愛を妹だって言ったこと」

『…ああ。覚えている』




いつまでもつか分からなかった、俺の体。

自信が無かった。

彩愛を好きだと言う自信も、大切にする自信も…

全て病気が蝕んで行った。




「…それは今も変わらない」




もう病気は完治した筈なのに、俺の心は揺れ動く。

口から出る言葉は…いつも偽りばかり。




『なるほど。それならばもう、遠慮することはないな』

「………」




分かってる。

蓮二が心から、俺達のことを応援してくれていたことを。


きっと今、俺に対して…少なからず怒りの感情を持っていることを…。




『精市。お前だからこそ、俺は…』




蓮二は言葉を止めた。




『いや、何でもない』

「蓮二…」

『部室に戻る。今日は練習は出来そうにないな』




そう言って、蓮二は俺の横を静かに過ぎ去って行った。

後ろで扉が閉まる音を確認すると、俺はその方向をじっと見つめた。




「………」




仕方ないよ。

俺も予想外だったんだ。


自分でも意外な程に、こんなにも彩愛のことを大切に思っていたなんて。


俺の気持ちだけの問題じゃない。

もし俺が気持ちを打ち明けることで、彩愛に消えない傷を作ることになるのなら…


こんな気持ちは消し去った方が良い――。










『珍しいの』

「………」




まるで気配を消しているかのように、堂々と人の心に侵入してくる奴だ。

顔を見なくても、声色でこの男の考えてることは分かる。


やれやれ…今日はお説教が続きそうだな。




『一人で黄昏れてるんか?』

「…よく抜け出せたね」

『得意技やからのぅ』




と言いながら、仁王は微笑みを浮かべる。

そんな顔とは対照的に、言葉は刺を含んでいた。




「最後まで見届けなくて良いのかい?」

『それは…おまんも同じじゃろ』




見なくても分かるよ。

きっともう、テニス部は大丈夫。

それは、この男も分かっているんだろう。




『やっと丸く収まるっちゅーのに、あんまり嬉しくなさそうやのぅ』




相変わらず、悪い男だな。

俺がこんな心情でいるのも、多分その理由も…全部分かっているだろうに。

答え合わせをするかのように質問を投げ掛けてくる。




「いや、嬉しいよ」




嘘を言ったつもりはない。

また元のテニス部に戻れることは、心の底から嬉しい。




『…幸村』




さっきの愛想笑いが嘘だったかのように、真剣な眼差しを向ける仁王。

かと思えば、目線を何処かへ移す。


出会って結構な月日が経つけど、未だに君の感情には付いていけないよ。




『もう、おまんの後始末は御免じゃ』

「仁王…」

『これ以上彩愛を傷付けるっちゅーなら』




ゆっくりと、仁王の目が戻ってくる。


そして一言、こう言った。












『彩愛は俺が貰う』



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