55 -ペテン師との勝負-
頭がパンクしそうで
自分の判断力が、
どんどん鈍っていくの──
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『じゃあな、気を付けて帰れよ』
分かれ道を目の前に、私達は顔を見合わせる。
私が小さく頷くと、赤也は軽く微笑み、背を向けた。
そのまま遠くへ離れていく背中を、ただただボーッと見つめる事しか出来なかった。
「赤也…」
赤也を…呼び止める事も出来ない。
救ってあげる事も出来ない。
私はなんて、無力なんだろう…。
『青春やのぅ』
「──…!!」
突然の声に勢い良く振り向けば、雅治先輩が苦笑いを浮かべていた。
「雅治先輩!」
腕を組み、私をじっと見つめる雅治先輩。
これは…説教タイムの予感…。
『なかなか、絵になっとったぜよ?』
「な…なんなんですか…?」
雅治先輩が、私に何か言いたいんだって事は分かった。
ただ、その表情に感情が見えない。
怒っているのか、呆れているのか、嘲笑っているのか…。
私に向けられた瞳がどんな色をしているのか、分からなかった。
「ずっと、後ろに居たんですか…?」
『失礼な。人を暇人みたいに言うんじゃなか』
暇人の印象が強いんですけど…という言葉は大人の対応で飲み込んだ。
『校門からしか見とらんぜよ』
「要するに最初からってことですね」
やっぱり暇人だ、この人は。
折角飲み込んだ大人の対応がリバースしそうだったので、とっさに違う言葉に置き換えた。
「私に、何か用があったんですか?」
私の言葉に、雅治先輩の動きが止まる。
怖いくらいに、雅治先輩の目は真っ直ぐだった。
『お前さんに、言いたい事がある』
そう前置きをして、雅治先輩は静かに話し始めた。
『周りが苦しんどる理由が、お前さんに分かるか?』
雅治先輩の問い掛けが、頭の中に入って来なかった。
私の頭はもう容量不足で、この問題は…莫大なデータで構成されていた。
「私には…分かりません…」
そう返すしかなかった。
ただただ、みんなの苦しみが、私も苦しかった。
『お前さんが、フワフワと…いつまでも期待を持たせて周りを弄んどるからじゃ』
雅治先輩の言葉は、ダイレクトに胸に刺さった。
「そ…そんなこと」
『ないと思っとるのは本人だけじゃ』
否定をしたかったのはきっと、この言葉を認めているからだった。
精ちゃんを好きだと言いながらも、周りに甘えて、頼って、離れて欲しくなくて、傷つけて…。
私の弱さが、みんなを振り回して苦しめてるんだ。
そんなこと、本当は分かってた筈なのに…
こうやって真正面から言われると、いかに自分がわがままで自分勝手だったか…現実を突きつけられているようだった。
『いつまで経ってもお前さん達は中途半端で、いつまで経ってもくっつかん』
「…雅治先輩…」
『それでも、危険な真似ばっかする困ったちゃんを放ってもおけん。いつの間にか、俺達はお前さんに釘付けじゃ』
雅治先輩の言葉を、私は黙って聞くしかなかった。
どれも酷いように聞こえる言葉たちだけど、全て紛れもない事実だったから。
1人で勝手に無茶な事をして、その度にみんなに助けられて来た。
みんながいなければ、私は今頃どうなっていたのか分からない。
『もう、幸村の事は諦めんしゃい』
「あきら、める…?」
『大してお前さんを好きじゃなかよ』
「……」
『──…彩愛。俺も…好きだよ』
精ちゃんの告白が、頭を過る。
どういう意味で、どういう気持ちで、あの言葉を口にしたのか。
精ちゃんが何を思っているのか、何がしたいのか、私はどうするべきなのか、何もかも分からない。
『彩愛。ひとつ、賭けをせんか?』
「か、賭け…?」
雅治先輩は、ポケットからコインを取り出した。
『コインを当てたら、お前さんは幸村に告白をする。もし、外した時は──』
ピンッと、雅治先輩はコインを指で弾いた。
高く飛び上がるコインを目で追っている間の時間が、やたらと長く感じた。
『俺と…付き合いんしゃい』
「え…っ?」
私の目は、コインを追うのを止め、雅治先輩に向いた。
不意に聞こえてきたその言葉は、耳を疑うものだった。
「コインひとつで…そんな大切な事を決めちゃうんですか…?」
恋愛経験豊富な雅治先輩からしたら、私と付き合うなんて小さい小さい経験なのかもしれない。
それでも私にとっては、雅治先輩と付き合う事は一大決心で…簡単に返事は出来ない事だった。
『悩んで決めれとったら、ここまでウダウダしとらんじゃろ』
「それは…そう、ですけど…」
『…もう、分からんのじゃろ?どうしたらええんかも』
「──…ッ…」
全てを見透かされているかのような言葉に、私は驚きを隠せなかった。
雅治先輩の洞察力を考えれば、私の気持ちなんて手に取るように分かるんだろう。
でも、それよりも…理解してくれていたことが嬉しいと感じてしまった自分に、驚いてしまった。
「どうして……」
また、涙が止まらなくなった。
頭の中にあるすべての億劫な気持ちを、この人にぶつけるかのように。
『そう、顔が言っとる』
雅治先輩は、私を引き寄せ、抱き締めた。
きっと…これがいけないんだろう。
人に辛さをぶつけて、寄りかかって、助けて貰って…。
「ま、雅治先輩…私、大丈夫ですから…」
『気にせんでええ』
離れようとする私の力が敵わないくらいに、強い力で引き戻された。
『助けてやるけぇ、言うこと聞きんしゃい』
「雅治先輩…」
『俺が、お前さんを苦しみから救ってやる』
「…わかり、ました…」
あまりにも熱い気持ちが伝わって来て、私はこの勝負を受ける事にした。
まだ可能性は五分五分。
精ちゃんか、雅治先輩…どちらに結果が傾くか分からなかったけど、私の気持ちは何となく固まり始めていた。
『右と左、どっちじゃ?』
「じゃあ…こっちで」
雅治先輩の右手に、自分の手を重ねた。
チラッと雅治先輩の目がこっちを向く。
『…ええんか?』
「──ハイ」
もう、この言葉が私の答えだったのかもしれない。
ゆっくりと、雅治先輩は右手を開いた。
「………」
予想した通り、その手には
コインは無かった──