56 -矛盾した感情-





二人がくっつく事なんて


嫌に決まってんのに、


二人にくっついて欲しいと


矛盾している俺がいる──















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(side:赤也)













『赤也、ちょっと良い?』



朝練の後、彩愛から呼び出しを受けた。

昨日の事もあって、気まずいと言えば気まずかった。



『ごめん、呼び出して…』

「いや…」



呼び出しの内容は、正直思い浮かばなかった。

ひとつだけ可能性を見つけるとしたら…ようやく結ばれたか、という事だけだった。



『赤也には、自分の口から伝えたくて』

「…ああ」



彩愛の前置きが、自分の予想に近付いていく。

俺はようやく…コイツを諦められる、のか…。

嬉しいような、寂しいような、そんな感覚だった。



『私ね…雅治先輩と付き合うことにしたの』

「そっか…」



予想通り、と思いかけた瞬間に、俺はその言葉の違和感を感じた。


雅治…仁王先輩、と…?



「はあ?!」



怒りとか、そんな感情はまだ追いつかなくて、とにかく驚きだけで大声が出た。



『ご、ごめん…』



俺のデカイ声に威圧感を感じたのか、彩愛は謝っていた。



「い、いや…ごめん、っつーか…なんでだよ?」



単純な疑問でしかなかった。

二人は好き同士で、色んな事が解決して、ハッピーエンドじゃないのかよ?

俺には到底理解が出来なかった。



「仁王先輩が…好き、なのか…?」



彩愛は、悲しそうに微笑んだ。

まだ──部長の事が好きなんだって、鈍い俺にも分かるくらい…伝わって来てしまった。



「部長が…好きなんだろ?!どうして仁王先輩なんだよ?」



質問が止まらなかった。

田中の時とは違う…ヤケクソでも何でもなく、今回は、本気で付き合うんだって分かったから。



『精ちゃんの事は…まだ好きだよ』

「じゃあ…何で…」

『でももう、諦めるって決めたの』

「諦める…?」



彩愛のその告白は、正直違和感しかなかった。

部長は…どう、思っているんだろうか。

気になって止まらなかった。



『赤也は…梨華ちゃんを、幸せにしてあげて。お願い』

「それが…お前の答えなのかよ…」




──悔しかった。


何でかは分からねぇ…ただ悔しかった。

どうして部長じゃねぇんだよ…そんなの、おかしいだろ…!



部長!!!



俺は周りも気にせず、廊下中に響き渡る声で叫んでいた。



『赤也…君の教室はここじゃないだろ』

「そんな事より、部長は…彩愛の事知ってるんッスか!?」



勢いだけの俺とは対照的に、部長は静かにこう言った。



『場所を移動しよう』



移動中、鏡に映った自分の目が…赤く染まっていたのが見えた。

冷静に…なんて、なれるわけがねぇ…。




『…それで、何の用だい?』



屋上について、部長の第一声はコレだった。

彩愛と仁王先輩の事を、知っているのか知っていないのか…知っているとしたら、何故こんなに冷静なのか…。



「彩愛と、仁王先輩が付き合ったって…知ってるんですか?」



何となく、罪悪感を感じてしまった。

こんな事を部長に聞いてしまっている事に。



『知ってるよ』



部長は表情一つ変えずにそう答えた。

知ってるなら、どうして止めないのか、奪わないのか…意味が分からなかった。



「なんでなんスか…?部長が一言好きだって言えば、彩愛は絶対部長と…」

『赤也。そんなことはないよ』

「でもっ…部長は…彩愛のこと好きじゃないんスか!?」



こんなこと…愚問だった。

部長が俺に、本当の気持ちなんて話すワケがねぇ。



『俺は』

ストップ!やっぱりいいッス。部長が正直に話してくれるとも思えないんで」



この二人は…どうしてこうもどかしいのか…。

何処まで遠回りして、寄り道しているのか。



「部長は…これで良いんスか…?」



彩愛と部長がくっつくのは辛かった。

彩愛が部長以外とくっつくのも辛かった。

でも、彩愛とくっついてない部長を見るのも…やっぱり辛かった。

結局どうなっても気に入らねぇけど、二人がくっつく事が…一番正解な気がしてた。



『俺は、これで良かったと思っているよ』

「…そんな…」



嘘に決まってる…だって…、部長の目にはまだ、彩愛が残ってる…。



「アンタ…馬鹿野郎ッスよ…!」

『赤也…』

「俺が…俺が止めます!今ならまだ間に合うッスよ!部長が彩愛の事を好きだって言えば、きっと無かった事に…!!」

赤也!!



もう既に足は一歩踏み出してたのに、部長に腕を掴まれて止まってしまった。

力強い部長の手からは、本気で彩愛と仁王先輩が付き合う事を承認しているんだと…伝わって来た。



『余計な事は、しないでくれるか?』



これはもう、紛れもない現実だった。

彩愛と幸村部長は…本当にもう…。



『彩愛が幸せになる為に選んだ道を、壊すことは許さない』

「部長…」



この瞬間に、部長の彩愛に対する大きな愛情が、見えた気がした。



「柳先輩は…知ってるんッスか?」

『ああ、蓮二も知っているよ』

「なんて、言ってるんッスか…?」

『彩愛が決めた事だから、二人を応援すると…言っていたな』



俺だけ、なのか…?

これだけ長い間二人のラブストーリーを間近で見てきて、この終わり方に納得してねぇのって…俺だけなのか?

これが、ハッピーエンドじゃねぇって思ってるのは、俺だけなのか?



「…分かりましたよ。もう、俺は知らねえッスから」

『赤也も…彩愛の事は諦めて、いい加減自分の道を進んだ方が良い』



彩愛の事は諦めて…?

それが出来るのは…アンタと付き合った時だけなんだよ…!



「俺の事はほっといてください」

『赤也…』

「少しでも、アンタと彩愛を…応援してた俺がバカだったんッスよ!部長とくっつく事が彩愛の幸せに決まってんだろ!!」



悔しくて、涙が出る前に、俺はこの場を逃げ出した。

なんでこんな事で泣かなきゃいけねぇんだよ…チクショー!

なんで泣いてんだよ、俺!


この日は、部活を休んで、ずっと我武者羅に走り続けた。
拭いされない憤りを振り払うかのように…。




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