08 -不器用な優しさ-
どんなに強くなろうとしても、
貴方のことに関しては
どうしようもなく弱くなる――
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テニスコートに戻ると、そこには紛れもない…牧原先輩の姿。
そしてその隣で笑う、精ちゃんの姿…。
その姿に私はまた胸が痛くなって、雅治先輩の服をぎゅっと掴む。
『彩愛、俺はお前に辞めて欲しくなか』
「雅、治…先輩…?」
『きっと参謀も、赤也も…あんな事を言っとるが幸村も…同じ思いじゃよ』
「れ、蓮二先輩と赤也は分かります。私の事を大切にしてくれてるのは痛い程伝わってくるし…。でも…精ちゃ…幸村部長は…絶対そんな事思ってません」
だって、精ちゃんは牧原先輩を必要とした。
私はもう…いらない、って…。
『あーもう、泣くんじゃなか。泣き顔のまま幸村のとこに行くんか?』
じわーっと滲む視界の中、雅治先輩が私に言った。
私はぐっと涙を堪えて、首を横に振る。
「もう…泣きません」
『よし、良い子じゃ』
雅治先輩は私の腕を引っ張って、コートに連れて行ってくれた。
精ちゃんの前では、絶対に泣かない。
牧原先輩の前でも。
私は強く決心した。
『俺は今から試合じゃき。仕事頑張りんしゃい』
「はい、頑張ってください!」
と言って、私と雅治先輩はコートで別れた。
取り敢えず部員のドリンクを作ろうと、水道の所へ向かう。
『あら、大海さん?』
後ろから、嫌味ですと言わんばかりの声が聞こえてきた。
振り向きたくないけど無視するわけにもいかないので、仕方なく後ろを見る。
「何ですか?」
顔を見るまでもなかったのだけど、その声の主はやっぱり牧原先輩だった。
『上手く隠してるのね、髪の毛』
彼女は楽しそうに、嬉しそうに、馬鹿にしたようにフフッと笑う。
そして私の束ねた髪に軽く触れる。
『まぁ…自慢の髪だったんだものね。切りたくないのも分かるわ』
と、自分の長い髪をわざとなびかせる彼女。
…切りたくないんじゃない。
美容院に行く時間もないし、自分で切るのは怖かったから、そのままにしておいただけ。
ただそれだけの事。
大体、私が髪の毛を伸ばしてたのは、精ちゃんが髪の長い女の人が好みだと思ってたからってだけで、精ちゃんが他の人を好きになったんなら、もうそのままにしてる理由なんてないでしょ。
あと、正直髪の長さなんて、多分精ちゃんは関係ないだろうし。
『私が揃えてあげようか?』
「遠慮します、危険なんで」
『あらそう、残念だわ。あ、それよりも…これからよろしくね、彩愛ちゃん?』
「…親睦を深めようとしてるんですか?それとも、嫌味ですか?」
『勿論両方よ。尤も…後者の方が強いけどね』
何故だろう?
この人の一言一言に苛立ちを覚える。
精ちゃんと付き合ってるから?
私の居場所を取られたから?
もしそうだとしたら…私はなんて心が狭いんだろう。
自分のことしか考えてない、この女と一緒。
『あ、そうそう。彩愛ちゃんって、仁王くんの事が好きなの?』
「はい…?」
『だってさっきも一緒に居たし』
「雅治先輩がケガした私を保健室に連れて行ってくれてただけです。私も雅治先輩もお互いの事を恋愛対象としては見ていません」
『でも、端から見たら結構いい感じだったわよ?幸村くんも見てたんじゃないからしら?』
「…っ、まぁ
途中からテニス部に入ってきた先輩にはそう見えてもおかしくは無いかもしれませんね」
って、何ムキになってんだ、私は。
こんな小さな嫌味くらい、慣れてる筈じゃない。
『そうね。幸村くんには私が居るものね』
「本当に、付き合って…」
『あら、知ってたの?そうよ、付き合ってるの。幸村くんがどうしてもテニス部のマネージャーになって欲しいって言うから入ったんだけど、迷惑だったかしら?』
くそぅ、涙腺が…。
どうしよう…ここで泣きたくない…負けたくない…!
でもやっぱりそんなの…無理だ。
だって、この人は今までの人とは違う…精ちゃんの、彼女…なんだもん…。
彼女が放つ一言一言が、的確に私の心に突き刺さる。
『どうしたの?彩愛ちゃ』
――バシャッ!!
『キャッ…!?』
「…ッ!」
私の頭上からいきなり大量の水が降ってきた。
勿論私はびしょ濡れ。
『誰っ!?』
『あっ、スイマセン!手滑っちまいました!でも先輩に掛かってなくて良かったッス!!』
この声は…。
『何言ってるのよ!彩愛ちゃんに掛かってるわよ!』
とか言いながら
顔が笑ってますが…先輩?
くっそバカ也め…仕返しか!
『うわっ、マジッスか?!』
と、焦りながら赤也はこちらに駆け寄って来る。
『悪りぃ!取り敢えず俺の服貸すから、こっち来てくれ!』
『そうね、それが良いわ。風邪を引いたらいけないものね』
『じゃ、コイツ借りていきます!』
赤也は思いっきり私の手を引っ張る。
本当は振り払ってやりたかった。
でも、振り払ったその拍子に涙が零れてしまいそうで…。
『はいよ』
部室に入り、赤也はジャージを私に渡す。
って、これ来たら赤也が練習出来ないんじゃ…。
『あぁ?ジャージの事なら今日練習行かねえし、来てても構わねぇよ』
ジャージと赤也の方を交互に見ていたら、赤也が気付いたようでそう言ってきた。
練習出ないって…サボりか。
『なぁ…今なら泣いてもバレねぇぜ?』
「え…?」
『泣いてたって、俺には水か涙、どっちかわかんねぇし』
赤也は私の方をジッと見て、笑う。
まさか…水掛けたのって仕返しじゃなくて…。
『俺、結構良いことしただろ?』
「…だからって」
私は拳をスタンバイして、それを赤也の腹に食らわす。
「
やり過ぎだっての!」
『うっ…!!』
「下着まで濡れちゃったでしょ!!」
『だったら脱いでも良』
「
馬鹿!」
『…はは』
赤也は悪戯に笑う。
雅治先輩と似ているようで、タイプの違う笑い方。
どうして二人とも私の為にここまでしてくれるんだろう…?
そう思うと、本当に胸がいっぱいだった。