01 失った記憶


私の名前は玉城楓。

性別は女、利き手は右。

それ以外に分かっている事は血液型、誕生日…それくらい。

昔の記憶は、何一つ思い出せない。








(Act.01 失った記憶)







『楓、今日大会見に行くでしょ!』

「勿論!全国大会だもんね!」



でも、そんな事はどうでも良いんだ。

私には大切な今がある。

テニス部として頑張ってるし、希美と言う大切な親友も居る。


過去なんてどうでも良いんだ――。




『あっ、もう始まっちゃってる!』

「嘘っ!?急ごう!」



私達が見た試合は、青学対比嘉の試合。

女子とは違う迫力のあるラリー。

男子のこの全国大会を本当に楽しみにしてたんだ。



「――ッ…!」



それなのに…



『楓…?楓!』

「――い、恐い…ッ!



見てしまったんだ、あの人を…。



『どうしたの?大丈夫!?』

わっ、かんなっ…い…。けど…恐い、の…ッ!



体中に感じるこの恐怖。

比嘉中の監督を見た瞬間、私の体が異常な程に震えだした。



『楓、取り敢えずベンチに行こう?』

「う…ん…ッ、ごめんね…」



どうしたって言うの?

何でいきなり…。


誰か、この震えを止めて――。





『どう?落ち着いた?』

「うん、もう平気。…ありがとう」

『試合、全部終わっちゃったね』

「えっ、ごめん…私っ!」

『良いよ、まだ大会は終わりじゃないしさ!』

「でも希美…今日の試合、楽しみにしてたのに…」

『チラッとは見てたし、気にしないで?それより…』



希美は私の方を心配そうに見る。

そんな希美に笑顔を見せようとしたけど…

それはまた、あの人によって防がれる。




――ッ…!

『ん?どうし…』



比嘉中の監督…。

どうして私の体はこんなにも彼を拒むの?

お願い、何事も無く…私の前を通り過ぎて…――。



『楓、しっかりして!』

『……楓、だと…?』

「…や、だ…嫌だ…ッ!



耳を押さえて俯く私に、彼が近付いて来た。

足音が段々…近くなる。



『よぉ、楓』

「…ッ…!!」



私の顎に手を添えて、無理矢理顔を上げさせる彼。

その目が、顔が、全てが…この上なく恐い。



『貴方は…誰なの?』

『さぁな』

『さぁな、って…!楓から離れて下さい!』

『…ハッ』

『何笑ってるんですか?』

『良い事を考えた。楓、俺は必ずお前を手に入れる



まるで悪魔の微笑みの様に笑った彼は、一言そう残してその場から立ち去った。

それから彼がこの場所に戻って来る事は無く。

後ろから一部始終を見ていた比嘉中テニス部は不思議そうに私を見ていた。






『今日は何か疲れたね』

「…うん」

『楓、あのオッサンの事なんか気にしなくて良いからね!何があっても私が守るし!』

「ありがとう、希美」



私には希美がいる。

恐い事なんて、不安になる事なんて何も無い。



それなのに――




この胸騒ぎはなに?



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