雅治
「お邪魔しま〜す…」
『
だぁぁああ!!もう一回だバカヤロー!!』
控えめに雅治の部屋の戸を開けた私に聞こえて来た、控えめとはかけ離れた叫び声。
その声は紛れもなく、私の弟…ユキだった。
My brother,My sister.
(仁王雅治の場合)
『お前、やり方が卑怯なんだよ!!』
コイツはまた…人様に迷惑をかけやがって。
アンタに小麦粉買ってきて貰うように頼んだのに、
なんでこんな所に居るのかな?
『アメ、そんな所で突っ立ってないで、入って来んしゃい』
「あ…ゴメンゴメン。お邪魔します」
雅治に言われて部屋に入ると、ユキがビックリしたような顔でこっちを見ていた。
私は怪物ですか、そこの君。
『ね、姉ちゃん…これは…その…』
「あのさ、ユキ。私、
小麦粉買ってきてって言ったよね?」
『いや、それは…えっと』
「
言ったよね?」
『………い、言いました』
ショボンと俯くユキ。
「
じゃあ何?此処は小麦粉屋?」
そんな弟に私はニッコリ笑って問いかける。
でも、いくら馬鹿な弟でも分かるよね?
この笑顔が偽者だって事くらい。
『ね…姉ちゃん…』
「
小麦粉屋かって聞いてんの」
『ち…違います』
何かを言いたそうなユキに圧力をかける。
まぁ、こんな事になるだろうとは思ってたけど…小麦粉がなけりゃケーキ作れないじゃない!
あーあ、もう絶対間に合わないだろうな…。
「…はぁ。それで、小麦粉は買ったの?」
『ま、まだ…です』
「さ、
1回天国に上ろうか?」
私がユキの方をポンッと叩くと、雅治がそっと口を開いた。
『アメ…それぐらいにせんと、チビの寿命がどんどん縮んでいくぜよ?』
『チビじゃねーよ!!良いか、俺はなぁ!
「黙りなさい、チビ」……ハイ』
ユキは小さくなって部屋の隅っこでポツンと突っ立っている。
ちょっと言い過ぎちゃったかな?
でも、元はと言えば、私の作っておいたケーキを勝手に食べたアンタが悪いんだからね。
「まぁ、雅治が良いって言うならいいか」
って言ったのは、私が雅治に甘いからとか言う理由では
断じてない。
ただ、そのケーキは明日雅治にあげるバースディケーキだったから…。
だけど本人が良いって言うなら…別に良い、よね?
『それより、チビ。約束…忘れてなか?』
『うぅぅ…っ!!わ、忘れてねーよ!!』
約束…?
まさかまた変な事を約束したんじゃないでしょうね。
コイツは詐欺師なんだから取引とかそんな事したら駄目っていつも注意してんのに。
『今のところ、お前さんの全敗』
『そ、俺の全勝』
これまで喋らなかった雅治の弟が口を開いた。
相変わらずクールと言うかなんと言うか。
でも可愛らしい顔してるんだよね。
目はくりくりしてるんだけど、やっぱり兄弟ってだけあって口元とか雅治にそっくり。
喋り方は流石に違うけど。
…って言うか、弟クン標準語だよね…?
『つーかお前絶対裏技使ってんだろ!!』
『使ってないよ。アレは必殺技』
『同じようなもんだろーが!!』
『違うよ、全然違う。裏技は卑怯だけど必殺技は正々堂々と勝負してるし』
『
人間から火が出てくるアレの何処が卑怯じゃねぇっつーんだよ!!』
そんな弟達のやりとりを聞いて…自分の弟ながら情けないと、しみじみ思った。
これで同い年って言うんだから驚きだよ。
どうやら格ゲーの話をしてるみたいだけど、
必殺技を使えないで勝負に挑む君が悪いんだと思う。
『もう1回勝負するぜ!!』
『…次俺が勝ったらお終いね。次で10勝だし、丁度良い切れ目でしょ』
『…つーことは、次俺が負けたら…』
『勿論、約束は守って貰うよ』
『……
死んでも負けられねえ…!』
だから約束って何よ、君達。
『…てゆうか、正直なところ俺関係ないのにな…』
雅治の弟クンがこんな一言を漏らした。
これは私の第六感が語っている。
何だか嫌な予感がする、と…ッ!
「あのさ、弟クン」
『何?』
「もうちょっと、手加減してやってくれないかなぁ?」
『……俺、5割も力出してないんだけど』
てことは、オイ!!
我が弟ユキ!!
アンタどんだけ弱いんだ!!
『
うわっ、バカヤロー!また火出しやがって!!』
「ちょっと…貸しなさい!!」
私は見ていられなくて弟からコントローラーを奪い取る。
ゲームの腕なら結構自信がある。
「……へ?」
自信がある…筈なんだけど…。
ちょちょちょ、雅治弟!
何かさっきよりパワーアップしてない!?
『ゴメンね、勝っちゃった』
「…っつ…」
強い…この子強い…ッ!!
何が5割だよ!3割も出して無かったんじゃん!!
『悪いのぅ、アメ。弟はまだまだガキじゃけぇ』
その時私は思った。
間違いない、この子は雅治の弟だ、と。
『当たり前じゃろ。同じ血が通っとるんじゃ』
「
人の心を覗かないでいただけますか、この変態」
『酷い扱いじゃのぅ。人を覗き魔みたいに』
「……それで、約束って何なのよ?」
『…………』
みんなは黙って私を見つめる。
待て待て待てぃ。
「あのさ、ユキ」
『な…なん、でしょう…』
「もしかして、賭けの対象って…私、とかじゃないでしょうね?」
『『ビンゴ!』』
「
口を揃えて言うな、変態詐欺師兄弟」
何だか嫌な予感がすると思った。
この兄弟の考えそうな事だ。
きっと誰が不幸になろうと構わないんだよ、この人達。
『酷いよ、俺は別に誰かを不幸にしたいわけじゃないのに…』
『泣くんじゃなか。お前の事は俺がちゃんと理解しちょる』
何か嘘くさい兄弟愛だな、コノヤロウ。
泣きたいのは私だよ、まったく。
しかもいつの間にか弟まで読心術使ってやがる。
『まぁこの兄弟愛は嘘だとしても』
「
嘘なんだ、やっぱり」
『そこに食いつかれると話が進まないからちょっと黙っててね』
…と、
年下のくせにィィ…!!
『俺の弟はちゃんと人の幸せの為に動いとるぜよ?』
「……はい?」
全く意味がわからん。
取り敢えず約束とか言う話から随分と逸れてはいませんか?
『まだわからないの?約束って言うのは』
『
アメが俺のもんになるって事じゃよ』
「………」
…ゴメン、私いつの間にか耳が悪くなったのかもしれない。
幻聴が聞こえて来たんだけど…耳鼻科行った方が良いのかな?
『幻聴で片付けられると困るのぅ。人が折角告白しちょるのに』
「…こっ…
告白ゥゥウウウ!?」
『ね、姉ちゃん落ち着いて』
「
ユキ…ッ!姉ちゃんを売るなんて弟のする事か!!私にアポ取りなさいよ、馬鹿!!」
『ご、ごめんなさいィィ…!!言おうとしたのに、姉ちゃんが怖いから…!!』
「アンタが私を怖くさせてんでしょーが!!」
何なの、コレ。
私の計画パァじゃない!
バースディケーキ持ってって雅治に告白するって言うプランが!!
全部この馬鹿な弟のせいでパァよ!!
『ね…姉ちゃん、声に出てる…』
「……ハッ!」
『ほう、プラン…ねぇ?』
「き、聞こえちゃってました…?」
『なんだ。余計な計画立てなくても、兄ちゃん達両想いだったんじゃん』
『確かに、無駄足やったみたいやのぅ』
…ヤバイ、恥ずかしくて死にそう…。
顔から火が出て火だるまになって死ぬんだ、私。
って、さっきのゲームじゃあるまいし、それは無いか。
『それで、アメは俺のもんになってくれるんかの?』
「…き、聞かなくても分かってるくせに…」
私がそう言うと、雅治は私の頭をポンッと叩いて抱き寄せる。
ユキは私よりも顔を真っ赤にしていた。
(雅治弟は平然と漫画を黙読中)
『それで…俺のバースディケーキとはもしかして』
「うん、コイツが食べた」
『いやっ、あの、俺っ…
小麦粉買ってきまーす!!』
そう言ってユキは勢いよく部屋から出て行った。
そして雅治弟が一言。
『
俺は空気読めない奴だから出ていかないからね』
雅治の弟は本当に邪魔な奴だと、本気で思いました。
その後何回かラブシーンを邪魔されたのは、言うまでも無い。
仁王雅治の場合
(詐欺師と言う血が繋がっていました)
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