第1話 みんなの笑顔が宝物。


「――え?引きこもり?」

『私も話を聞いただけだからよく分からないの。でも、そう聞いたわ』

「そんな馬鹿な」


叔母に告げられた事実。


しかし私はデタラメだと思い、信じようとはしなかった。

それは私にとってあまりにも信じ難い事実だったから。



『会いに行ってみたらどう?そうすれば少しは何か分かるんじゃないかしら』

「…そうだね。最近会ってないし、明日学校帰りにでも行ってみる」



あの元気で明るい亜美が引きこもりだなんて。

まさか、そんなこと…ないよね――?
















(第一章〜全ての始まりはここから〜)














『よっ、お嬢様!

「ブン太…その呼び方はやめてって言ってるでしょ?」



ブン太が私をこう呼ぶのも、私が家柄に恵まれているから。

消息不明のお父様は超大富豪の家系に産まれていて、私が小さい時に亡くなったお母様もお父様相応の家柄。

だから今までお金に関しては何不自由もなく生きてきた。

ただお母様が亡くなった時に私があまりにも小さかった為、今の叔母の家に居候させて貰っている。

叔母の家から遠く離れた立海大附属に通っているのは、私の要望。



『だってお前全くお嬢様に見えないから、言わないと忘れるだろい?』

「だからって…私のこと知ってるのはあんた達だけなんだからね!」

『わかったわかった。ちゃんと気を付けるから』



お嬢様というだけで虐めに合ってきた私は、中学校に通っている間は身分を隠し通すつもりでいた。

しかし成り行きでテニス部の面々に知られてしまった。

まぁテニス部と言っても知っているのは多分レギュラー陣だけだろう。



『あ、今日俺病院行くから休むって真田に言ってといてくれい』

「病院?何処か怪我でもしたの?」

『んー、ちょっと左手捻っただけだ』

「大丈夫?しっかりしなよ」

『わかってるって』



私は一応テニス部のマネージャーをしている。

最初は不安で仕方なかった部活も、今では私の生きがいとなっていた。








――変えてくれたの。


みんなが、誰も信じれなかった昔の私を。



特別に何か術を施したと言うわけではない。

ただ、部員一人一人の自然な優しさが、私の心の傷をゆっくりと癒してくれた。



大好きだった。


このテニス部が…みんなが…。

本当に、大好きだった…。















『優衣子、どうしたの?』

「…え?何が?」

『何だか顔色が悪いよ?』

「嘘!?」



自分でも気付かなかった。

精市は本当に勘が鋭い。

気分が悪いと言うわけではないが、何か嫌な胸騒ぎを感じる。



『今日はもう帰った方が良いんじゃないか?優衣子』

「蓮二…。そうだね、ならドリンクだけ作って帰らせて貰うね」

『ああ、それが良い』



テニス部にはマネージャーが私だけしかいない。

だから必要最低限のことは何が何でも私がしなくてはならない。

これは別に強制と言うわけではなく、私のポリシー。

マネージャーは選手をサポートするものだから、負担になってはいけない。

そうゆう思いが大きかった。



『優衣子、待ちんしゃい』

「ん?どうしたの?」

『これ、やる』

「何コレ?」

『ブレスレット。部員みんなでお前の為に買って来たんじゃ』

「…私の、為に?」

『お前さんの誕生日、昨日じゃろ?』

「あ、そう言えば…」



忘れていた。

私の家では誕生日なんて祝う制度はないし、私自身誕生日に拘る人柄ではない。

放っておくと知らない間に年をとってしまうような、そんな感じだ。



「ありがとう…」



心底感動した。

誕生日プレゼントなんて貰ったの、何年ぶりだろうか?

本当に…嬉しい。



『優衣子先輩、俺が昨日たまたま優衣子先輩の生徒手帳拾って知ったから良いものの…黙ってちゃわかんないッスよ!』

「…ちょっと待って。私の生徒手帳を拾ったと?

『あ、そう言えば渡してませんでしたっけ?』

貰ってないけど。ってゆうか人の生徒手帳を勝手に見たの!?」

『だって見ないと誰のかわかんないじゃないッスか!』

「表紙に名前書いてあるでしょ!」

『あ、そっか。エヘッ、忘れてました!』

「ホントに、もう…」



なんて言いながらも、プレゼントを貰って上機嫌な私。

これから肌身離さず付けよう。



『気を付けて帰って下さいね。まだ明るいとは言え、外は危険ですから』

「うん、心配してくれてありがとね」



柳生の紳士的な優しさは本当に有り難い。

彼のおかげでこの男だらけのテニス部にいても女の私を見失わない。

私が女らしく居られるのもある意味柳生のお陰かな、なんて。



「…ッ、付けられない」



不器用にも程がある。

ブレスレットぐらい自分で付けれなくてどうするの。



『貸してみろ』

「あ、ジャッカル」



そう言ってジャッカルは私の腕にブレスレットを付けてくれた。



「ありがとう、ジャッカル!綺麗…」



腕に付けると、そのブレスレットは輝きを増した。

サイズはピッタリ。

綺麗すぎて、嬉しすぎて、涙が出そうだ。




みんな、ありがとう――







『帰るのか?』



目の前から声がしてブレスレットに釘付けになっていた目を前に向けると、そこには真田がいた。



「うん。大事な時期なのに、ゴメンね」

『構わん。お前は自分の体を心配しろ』

「真田…」



正直真田にそんな言葉をかけて貰えるなんて思ってもなくて、驚いた。

真田は不器用なだけで、本当は良い人。

それは私が一番良くわかってるよ。



「ありがとう。じゃあね」

『ああ』






今まで…――。






今まで何回みんなに『ありがとう』と言っただろう?

きっと言葉にした数だけじゃ足りない。

だから、これからもずっと一緒にいたい。





みんなの笑顔が宝物。



みんなと笑える日々が私の財産。






だったのに――









私はそれを自ら…













手 放 し て し ま っ た 。

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