第17話 今の私に癒しなどいらない。


そしてついにこの日がやってきてしまった。

正直来て欲しくなかった。



『いってらっしゃいませ』



と、藤堂に見送られ車で氷帝まで移動する。

校門まで来たので車から降りるが…どうも足が重い。

このままサボってしまおうか。

なんて思っていると、随分と大きなバスが私の前で止まる。



『姫島さん、早く乗って』



小南愛理が私を手招きする。

アンタの考えは丸分かりなんだよ。

ターゲット逃しちゃ、楽しみがないもんね?



『ほんま、愛理はお人好しな奴やなぁ』

『そーだぜ、んな奴置いてけば良かったのに』

『だって…可哀想なんだもん』



どの口が可哀想だなんて言っているのかな?

目が笑ってるよ、目が。


気が進まないが、とりあえず私はバスに乗り込んだ。



『私の隣、おいでよ?』



と小南愛理が隣の席をポンポン叩いている。

冗談、…と思っていても今はそんな事は言っていられない。



『アカン、お前は一人でそこに座れ』



私が席に着こうと思っていたら忍足侑士はそう言った。

良い事言ってくれるじゃない。



『でも、侑士…』

『コイツ何し出すかわかれへんからな』

「一人で座るわ」



私は空いている席に座り込む。

大体荷物も何も持ってきていない私がこの女に何をすると言うのかね?



『あれ、姫島さん…荷物は?』



それに気付いた小南愛理がいつも通り首を傾げながら質問する。

相変わらずの気持ち悪さ。



「さあ?」

『お前ほんまやる気ないなぁ。やっぱ連れてけへん方がええんとちゃう?』

『侑士…!』

『はいはい、わかったわかった』



私が荷物を持ってきてないのは、やる気があるとかないとかそうゆう事ではない。

この1ヶ月間何をされるか分からないでしょう?

予備の物をたくさん持って行かなければならないから荷物が多すぎるの。

だから後から届けて貰う事にしてるって話。

普通の人の3倍の荷物はあるからね。



『合宿先が監督のテニスコートっつーのは本当なのかよ?跡部…』

『ああ、行けない代わりに用意してくれたらしい』

『ええとこあるやん、監督も』



榊監督がいないと言う事は…やりたい放題だね。

部員達も、小南愛理も…。


榊監督が用意してくれたテニスコートまで、約1時間。

その間は私にとって地獄の時間とも言える。

同じ空間にいるだけでも嫌だと言うのに、同じ空気を吸わなくてはならないと言うのが何とも言えない苦痛だった。

でも決して顔には出さない。

感情的になった方が負け、と言うのが私の中での法則。

だから私は怒りもしないし、泣きもしない。

尤も…涙はもう枯れてしまったんだけれど…。










『そろそろ到着するから、降りる準備しとけ』



跡部景吾がみんなにそう呼びかける。

やっと着く、この地獄から解放される。

と思い窓を見てみればそこは見慣れたテニスコート。


榊監督が用意した…?


違う、ここは私のテニスコート。

私の…土地。

一体どうなってると言うの?



間違いない。

この自然溢れる山奥にあるテニスコートは、私が昔テニスを練習していた所。

休みがあればここへ来てテニスの練習をした覚えがある。

誰かが使っているのか、そこは綺麗に整備されていた。



『マジマジすっげえーっ!』



さっきまでずっと寝ていた芥川慈郎が起きて興奮し出す。

近くに宿泊所もあるし、広さは申し分ない。

テニスコートなんて5面5面の合計10面あるわけだし、貴方達にとっては最高の場所だよね。



『立海はまだ来ないんですかね?』

『…………』

『アレ?宍戸さん、どうしたんですか?』

『…なんでもねえ』



宍戸亮、貴方は何か迷っている事があるみたいだね?

私が現れたあの日からずっと…。

土壇場になった時、貴方はどちらの味方をするのかな?

氷帝テニス部と…清水亜美…。

どちらも貴方の大切な人だもんね。

そう簡単には決められないかな?




――ブォォン…




バスの音が近付いてくる。

来た、みんなが。


そしてバスは私達の前に止まる。

ゆっくりドアが開くと、精市がバスから降りてきた。



『やあ、跡部。遅れて悪かった』

『いや…俺達も今来た所だ』



そう会話を交わすと、私の方をチラッと見て微笑む。

私はただ呆然と立ち尽くす事しか出来なかった。

精市の笑顔に少し…心が落ち着く。

それと同時に、泣きたくなった。

張り詰めた心の糸が切れそうな、そんな感じに襲われた。



『みんな、降りて来なよ』



精市がそう言うと、メンバーはどんどんバスから降りてくる。

どれもこれも見慣れた顔。

だけど…まともに見る事は出来なかった。

今の私に癒しなどいらない。

癒されてはならないの。


後悔と言う念に、押し潰されてしまいそうだから――





『丸井さん、この間はどうもすみませんでした』

『…ホントに反省してんのかよ?』

『ええ、してますよ。本当に申し訳なかったと思っています』



ブン太の頭には包帯が巻いてあった。

私を庇って付いた傷…。

ごめんね、貴方まで巻き込む気はなかったのに…。



『こんな所でウダウダ話してる時間が勿体ねえ。さっさと試合しようぜ』



跡部景吾が精市に向かって言う。

早く試合がしたくて仕方がないみたいだ。



『フフッ、そう急がなくても時間はたくさんある。まずはこのコートに慣れる事から始めたい』

『チッ、分かった。コートは5面ずつあるから、別々に練習だ』

『そうして貰えると有り難いな。だが…』

『アーン?まだ何かあんのかよ?』

『生憎こちらにはマネージャーがいないもんでね、一人こちらに寄越して貰いたいんだが』

『勝手にしろ』

『そうだな…、じゃあ』



そう言って精市は私の手を掴み、引き寄せる。



『この子、貰って良いかな?』



そして…そう言った。

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