第27話 私は借りを作るのが大嫌いなの。


<優衣子side>



朝っぱらから会いたくない人に会ってしまった。



『よう、姫島。ちょっと面貸せよ』

「生憎私の顔は取り外し不可能なので」



そう言って軽く躱そうとした。

けれどそれは"もう一人の会いたくない人"によって阻止される。



『ほんなら、体ごと貸して貰うで?』



ただでさえ睡眠不足で苛ついていると言うのに、余計苛つかせる事をしないで欲しい。

顔を見るのでさえ嫌なのに、関わるなんて冗談じゃない。

なんて…氷帝のマネージャーになった私が言う台詞じゃないけれど。



『はよ来いや』



無理矢理手を引っ張られ、人気のない所へ連れて行かれる。

こうして私は跡部景吾と忍足侑士によって誘拐された。

目には目隠し、手には何かで縛られている感触がある。

貴方達は一体どんなプレイをしたいんでしょうね。





――ドンッ。



いきなり肩を押されて、地面に尻餅をついた。

そして誰かが後ろに回り込んで目隠しを外すと、視界が広がった。



『じゃ、頼んだぜ』

『わかりました』



目の前には黒いスーツを着た強そうな男が三人。

跡部景吾がこの人達に何をさせる気なのかは何となく想像がついた。

女一人相手に男三人だなんて…卑怯な奴。

しかも私は両手が縛られていて身動きが取れない。

このままじゃ、半殺しにされる…。

















――…なんて、私が言うとでも思った?



残念ながら、縄から抜ける事ぐらい出来るの。

自分の身を守る為に、今までどんな訓練を受けたか知ってる?



『やれ』



跡部の合図でその男達は私を猛攻撃。

顔にパンチ四発、お腹に蹴り三発。


倍返しにしてやるから、覚えておいてね?





――バンッ!!




やっと縄が解けると、私は真ん前に居る男を蹴り飛ばす。



「忍足侑士…、コレ返すわ」

『っは…?』



そして私は忍足侑士に縄を投げた。

驚いた顔で私と縄を交互に見る忍足侑士は…傑作。



『テメェ…どうやって縄から…』

「何でも良いじゃない。来るなら来なさい?」

『ハッ、女のお前が跡部のボディーガードに勝てるとでも思てるんか?』



蹴り飛ばした男が起き上がると、私に殴り掛かろうとしてきた。


今日は私、いつも以上にイライラしてるの。

早くドリンクの準備をしなきゃいけないし、早くタオルの準備だってしなきゃいけないの。

だから、アンタ達のつまらない遊びに付き合ってる暇は一瞬だってない。




――ドスッ!!



お腹にパンチを入れると、その男は気絶した。

ストレスが溜まっている時の人間の力は半端ない。

しみじみとそう思ってしまった。



「大きな図体をしているくせに、随分弱いのね」



と言うよりも私が強かったのかな?

ごめんね、お二人さん。

思い通りにならない女で。



『チッ、使えねえ奴だ』

『こんな女にやられるなんて…予想外やわ』



私だってこんなに早く気絶されるなんて予想外だけどね。

さて、残りの二人を倒したら…次はアンタ達だよ?




殴り掛かろうとする大男をスルリと避けて、顔に一発。



腕を掴まれ私を固定する大男にかかと落とし、お腹に一発。



よろめく大男に不意打ち、顔に二発。



大男を殴って押し倒し、顔に三発。



倒れ込んでいる大男に蹴りを入れ、お腹に三発。



大男の胸ぐらを掴み頭突きで、顔に二発。



両足で二人の大男を踏みつけ、お腹に二発。






顔に八発、お腹に六発…

言った通り、倍返しにして返してやった。


しかし最初の男の二発で体力をほぼ使い切ってしまったためか…なかなか倒れない。

何発殴っても、何発蹴っても、倒れる気配はない。


次第に私の体力も減少傾向。



相手の大男達はあと一発で、きっと倒れる。

私の第六感がそう語った。

力を振り絞って最後の一発、蹴りを入れようとした








その時…――











『…姫島…』



宍戸が現れた。

止めようと思ったわけじゃない。

しかし私の足は自然と…止まってしまった。





――バシッ!!




その隙を見て、男は私に強烈な顔面パンチを一発。

口の中が切れたのだろう、鉄の味がした。



『どうやら、神は俺達の味方みてえだな』

『せや、ついてるわ』

『お前が抵抗したら、その分俺達は宍戸をぶん殴るぜ?』



その言葉に私も宍戸も耳を疑った。

仮にも今まで一緒に戦ってきた仲間を…殴る?


コイツ等に"手段を選ぶ"と言う言葉はないのだろうか…。



『宍戸亮がどうなろうと、私には関係ないわ』



いつも通りの生意気な口調で発した言葉は、私の行動と矛盾していた。

それは跡部景吾にも見抜かれて。



『関係、ねえだろうな。…だが、手足止まってるぜ?



"関係ない"、そう言えば宍戸を解放して貰えると思った私が馬鹿だった。

私のせいで宍戸が犠牲になるなんて、そんなの見過ごせる筈がない。


何より、私は借りを作るのが大嫌いなの。


まだ私は…アンタを味方だなんて思ってないんだから…。



『姫島、俺に構うな!』



宍戸は私に向かってそう叫ぶ。

出来る事ならそうしたい。

今アンタがこのタイミングで此処に来た事を私は一生恨むからね?


ガシッ、と両腕を固定され、木に押し付けられる。

そして跡部景吾は私の目の前に来て、私の顎に手を添える。



『綺麗な顔に、傷付いちまったなぁ?』



嘲笑いながら、私を見つめる。

誰のせいで傷付いたと思ってるの?


アンタのその綺麗な顔にも…傷を付けてあげようか?


なんて思ってみても、今の私にそれは不可能だった。


グイッと、跡部は私の顔を持ち上げると、そっと私の口を塞いだ。






――ッ…



大嫌いな跡部景吾とのキスは、殴られるよりも屈辱で。

私は跡部景吾の唇を噛み切る。






『…痛え…』



私と跡部景吾の唇に付いた血が、何だかお揃いみたいで気にくわなかった。

コイツだけは絶対にBad Endに陥れてやる、私は痛切にそう思った。



『抵抗すんな言うたのに…。宍戸に一発食らって貰うで』



忍足侑士はそう言って宍戸を殴る。

鈍い音を響かせて、宍戸の頬は赤く腫れる。



やってしまった、と思いながら私は唇を噛み締めた。


これからどんな地獄が私を待っているかなんて、想像もしたくない。




けれど抵抗する事は許されないんだ、宍戸の為にも――

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