第3話 やっと、入り口に立った


『優衣子!お前転校するってマジかよ!?』

「うん」

『なんでこんな急に…!』



ごめんね、ブン太。

貴方には言えない。


復讐するため、なんて…。




「ホラ、私の家って何かと複雑じゃない?だから色々あって」

『あ、あぁ…そか』



そんなに気まずそうな顔しなくても良い。

複雑は複雑だけど、今更何かある筈ないでしょう?

お父様も、お母様も…いないのに。



『…元気でな』

「…うん」



私って勝手だ。

自分で決めたことなのに…涙が出そう。

こんなところで後悔するわけにはいかない。

私は亜美の望みを叶えなければならないんだ。



「みんなには、私の気まぐれとでも何でも言っておいて」

『…あぁ』



私の気まぐれ、寧ろそっちの方が真実に近い。

本当にごめんね。

貴方達は真実を知らない方が良い。

私の醜い姿を…知らない方が良い。


復讐だなんて大切な貴方達には知られたくない。


だって知ったら、全力で私を止めるでしょう――?







『忘れ物はない?』

「一応ね。何かあったらあっちで買うわ」

『………』

「どうしたの?叔母様」

『この時期に転校だなんて…大丈夫かしら?』

「大丈夫。私は、仲良しごっこをしに氷帝へ行く訳じゃないから」

『優衣子ちゃん…』

「もう、行くね。今までありがとう。それと、家も」

『ええ…気を付けて…』

「心配しなくても良いの、じゃあね」



そう言って私は長年住み慣れた家を後にした。


不安がないと言ったら嘘になる。

けれど今の私には不安よりももっと大きい、憎しみ。


もう逃げられない。

私も、貴方達も――




「バイバイ、神奈川」



さあ、敵陣の地に乗り込むのよ。

叔母様が用意してくれた、このアジトで。











『ここが氷帝学園です』

「随分と大きいんだね」

『ええ。何しろ氷帝学園には財閥の跡取りなど、凄い御方がいるみたいで』

「ふーん」

『まぁ、優衣子様程ではありませんが』

「関係ない、そんなこと」



地位も名誉も関係ない。

そんなものが今回の事に役に立つなんて思わない。

ただ…

設定を作り上げるには必要みたいだね。




「ねえ」

『ハイ』

「私を氷帝学園テニス部のマネージャーにするよう、理事長に頼んでおいて」

『テニス部の…マネージャー…ですか?』

「ええ、その為に私は此処へ来たの」

『わ、分かりました』

「その際私が頼んだ事は内密にするよう、口止めもお願い」

『承知致しました』



もう感情はいらない。

今までの自分も、全て捨てる。

何も怖くなんてない。

私にとって亜美を失う事以上に怖い事なんて、ないんだから――




『優衣子様、これが氷帝学園テニス部のリストです』

「ありがとう」



氷帝学園テニス部部長、跡部景吾。

多分コイツが亜美を虐めた中心人物。

そしてもう一人…。


小南愛理…――





『何でもテニス部で、新しいマネージャーが入って来てかららしいの。それまでは、普通に明るく過ごしてたって』





叔母様の言葉からすると…原因は十中八九、この女。

それしか考えられない。



――グシャッ。


私は持っていたテニス部の資料を握り潰す。

今の私は、そう。…憎しみの塊。


待ってなさい。

もうすぐそっちに向かうから。


さあ…ゲームの始まり。






『優衣子様、おはようございます』

「おはよう」

『…いよいよですね』

「フフッ、そうだね」



いよいよ…憎きテニス部とご対面、ってわけか。





亜美…。


遠くからでも良い、見てて。


もう一度貴方の笑顔、取り戻してあげるから――





『今日は転入生を紹介する』



先生のその言葉に教室はざわつく。

そしてガラッと戸を開け教室に入る私に、みんなの視線は集められた。



『姫島優衣子さんだ』

「姫島優衣子です。どうぞ宜しく」



特に…そこに座っている跡部景吾くん、宜しくね?


貴方は知らないでしょうね。

私がこのクラスになるように、裏で操作していると言う事を。

そして、貴方を酷く憎んでいると言う事を――




『…き、綺麗…』

『スゲー、美人…』



二つ結びはもうやめた。

スッピンでいることも…。


貴方達に素を出す必要なんて、ない。




『席は、跡部君の隣で』

「わかりました」



わかりました、なんて笑える。

そうする様に頼んだのは私なのにね。


そして一番後ろで偉そうに座っている跡部景吾のもとへ近付く。


正直、近付きたくはない。

だけど…近付かなければ事は始まらないもんね?



「宜しくね、跡部くん?」

『……ああ』



やっと、入り口に立った。


憎きテニス部、

これからどうしてくれようか――?

- 3 -

*前次#


ページ: