第40話 私は世界一の幸せ者だよ――。
『そろそろ着きますよ』
操縦士さんは私に向かって優しく言う。
どうやらあと5分程度で着くようだ。
その前に私は操縦士さんにお礼が言いたかった。
合宿から此処まで乗せて来てくれたこと。
ううん、そうじゃなくて…
今までのことを――
「操縦士さん」
『何でしょう?』
「ありがとうございました」
『そんな、お礼なんて良いですよ。それ程遠い距離でも無かったので』
「そうじゃなくて、私を影から支えてくれた事に」
『………』
私はずっと貴方に会いたかったの。
何日も何ヶ月も何年も…貴方を待ち続けた。
少しだったけど、会えて良かったよ。
「ねぇ、お父様…」
『……ッ!』
おかしいと思った。
蓮二や精市がいくら凄い奴だからって、隠しカメラを何台も手に入れたり、ヘリを呼び寄せたり…出来るわけないでしょう?
彼らはただの中学生なんだよ?
跡部景吾じゃあるまいんだし、そんな事無理に決まってる。
それが出来たのは、裏で貴方が支えてくれてたからなんだよね…?
『私は…貴方の父親では……』
「年…33歳って言ったよね?」
『………』
いくら父親の事を知らないと言っても、年くらいは知ってる。
"33歳"そう答えた時、本当に嬉しかったんだよ?
「それに、ヘリを呼び寄せたのは丸井だったのに、なんで私が氷帝に通ってるって分かったの?」
ジャージは私物だし、パッと見て私が氷帝学園に通ってるなんて分かる筈が無い。
『目的地が…氷帝学園だったので…』
「…ねぇ、もう誤魔化すのはやめて?私はただ…お礼を言いたいだけなの…」
『………』
お願い、お父様。
真実を私にください。
貴方が居たから、私は今生きてるの。
貴方が叔母様に言って私に武術を習わせてくれたから、
貴方が世界で最強と言われるボディーガードを側に置いてくれたから、
貴方が毎月十分すぎる程の仕送りをしてくれたから、
貴方が小南愛理からの数々の妨害を防いでくれたから
だから今の私が居る。
『俺は…父親なんて名乗る程、立派な奴じゃない…』
「そんなこと無い!私にとっては…立派な父親だよ!」
お父様は涙を流す。
こんな状況でも、私の目からは涙が流れないことを…許して。
ただただ胸が熱いよ。
『すまん…すまん、優衣子…ッ』
「謝らないで、お願い…」
貴方からはたくさんの愛情を貰った。
離れてても分かるくらい、たくさん。
だから近くに居なくたって、私はいつも貴方からの愛を感じてたよ…?
『独立して企業を興すのは…リスクを伴う事だった。だから迷惑を掛けないように、家族を手放した』
「うん」
『お前のお母さんが死んで…それでも戻る事なんて出来なくて…、だから姉さんに預かって貰うよう、頼んだんだ』
「…うん」
『それから耳に入ってくるお前の情報は悪い事ばかりで…』
「………」
確かに、良い事はあまり無かった。
虐められたり、人間不信になったり、亜美が自殺したり、復讐する為に氷帝に入ったり…。
…こんな娘で、ごめんね…?
復讐なんて、本当はしたくなかった。
誰かが不幸になるなんて、そんなの耐えられなかった。
でも…何よりも亜美を傷付けた奴等が笑ってる事が…一番耐え難い事だった。
『立海に入って良かったな。彼らなら…お前を幸せにしてくれそうだ』
「お父様…私、もう幸せだよ?」
私には、大切な人達がいる。
自分を犠牲にしてでも守ってくれる人達がいる。
それだけで…私は世界一の幸せ者だよ――。
『お前が思う通りに、やってこい』
「はい」
『何があっても、俺が守ってやるからな』
そう言って微笑んでくれたお父様に、私は微笑み返して背を向ける。
人を傷付けるのは…これで最後にするから、最後まで見守ってて…。
私は校内に入り、全てを終わらせる準備にかかった。
『姫島優衣子…!』
「日吉くん、お久しぶりね」
テニス部の部室に寄ると、そこには日吉が居た。
久しぶりのお嬢様言葉。
今回の合宿であったことなんて、きっと此処に居るみんなは知らないだろう。
『何故…正体を黙ってた?』
「…人の価値って、地位や名誉で決まるのかしら?」
『…別に、そう言うわけじゃないが…』
「本当に大切な物は、お金じゃない。私は氷帝に来てそれがよく分かった気がするわ」
お金に輝きなんて、私は感じない。
だってお金を見て心が大きく動かされる程…感動する?
紙切れ一枚、小銭一枚に…何を感じる?
心が熱くなる程、幸せになれる――?
『俺は…俺だって氷帝テニス部が大切だった』
「仲間に手を出す、あんな奴等でも?」
『……あんな奴等でも、だ』
「へぇ…」
『今まで一緒に戦って来たんだ。ただ一緒にテニスが出来れば、それだけで良かった』
日吉から一筋の涙が頬に伝った。
彼もきっと…被害者の一人だ。
大切なテニス部が歪んで行く、それを止める力なんて彼には無くて。
ただテニス部が崩れていくのを見てるだけ。
彼にとってそれ程辛いことは、他に無かっただろう。
『清水先輩が小南先輩に虐められている事は知っていた』
「ならなんでそれを言わなかっ」
『
言った所でどうなった?あの人達が、俺を…信じてくれたとでも思うか?』
「…それはないでしょうね」
『今まで信じてきた仲間に信じて貰えない。そんな事を知ってしまったら俺はもう…立ち直れない』
「…でもそれって結局は…貴方もアイツ等を信じてないってことじゃない?」
芥川や宍戸は、信じて貰えないことを承知で、それでもアイツ等を信じてた。
殴られても蹴られても、酷い事を言われたって…馬鹿みたいにアイツ等信じてた。
だけど、日吉…貴方はどうなの?
信じて貰えない事を理由に、自分を正当化してるだけじゃないの?
「本当に心からアイツ等を信じてるって、自信持って言える?」
『………』
日吉は私を一直線に見つめる。
きっと、今…日吉の頭の中も胸の中も、ごちゃごちゃになっているだろう。
本当の答えは…この先貴方が自分で見つけるべき。
私が出せるヒントはここまで。
「それじゃ、私は帰るわ」
そう言って私は日吉の前から立ち去った。
最後の仕上げに、やらなければいけないことがあるからね。
明日で悲劇のお姫様が演じる物語は終了。
サヨウナラ、小南愛理――。
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