第46話 助けられなくて、ごめんね…。



『優衣子、お前…涙…』

「え…?」



ブン太にそう言われ顔を触ると、確かに涙が流れていた。

もう流れる事が無いと、枯れ果ててしまったと思っていた涙が…。



「泣いてるんだ…私…」



頬を伝う生暖かい感触が、何だか懐かしくて。

余計に亜美を思い出してしまった。




『泣かないで、私がついてるから』

「亜美ちゃん…」

『私が優衣子ちゃんを守ってあげる!


だから…大丈夫だよ――』





こうやって泣いてる時…亜美が助けてくれたんだ…。

いつだって亜美は私を助けてくれたのに。


私は亜美の為に、何をしてあげた…――?




『優衣子ちゃん、実は…』



今日初めて芥川が口を開いた。

そして跡部から携帯を奪い取り、それを私の目の前に突き付ける。



『亜美ちゃんのこの送信メール…優衣子ちゃんに送られたものなんだ』

「えっ…」



私に…送ってた…?

そんなメール、受け取った覚えなんて無い…。

それに私に送ったなら…宛先に私の名前が表示される筈。

だけどこのメールの宛先はアドレスで表示されている。


それは…何故…?




『亜美ちゃん…いつも笑顔で言ってたんだ』




『亜美ちゃん、何してるの?』

『優衣子に今日の報告!』





『楽しそうに、笑ってさ』

「そんな…」



なら、最後亜美が送信したメールは…

私に助けを求めていたの?


私はそれに気付かずに、のうのうと亜美に会いに行ってたの…?



自分が恐ろしくて仕方なかった。

気付いて無かったとは言え、私は亜美のSOSを無視してた。


私も…亜美を傷付けてた一人だったんだ――。




『芥川、もうやめろよ』



悲しみで押し潰されそうな私を庇うように、ブン太はそう言った。



『優衣子に送ったんなら…優衣子が気付いてるだろ』

『丸井くん…。でも、亜美ちゃんは確かに…』

『大体、もし仮に清水が優衣子にメールを送ってたなら、宛先のとこに優衣子の名前が出る筈だろ』

『アドレス帳に入れるのも嫌なくらい、この女の事を嫌ってたんじゃないの?』



小南愛理が腕を組み、見下した態度で私に言い放った。


亜美が私を嫌っている…。

今、自信を持ってそれを否定する事は出来なかった。

嫌われても仕方ないような事を、私は亜美にしていたんだから…。



『ふざけんなよ、テメェ』



ブン太は完全にキレたみたいで、小南愛理に眼を付ける。

今まで押し込めていた感情が、少しずつ溢れ出しているようだった。



『清水がお前を嫌う理由はあっても、優衣子を嫌う理由はねえっつーの!』

『そんな事、本人じゃないと分かんないでしょ』

『分かる!だってアイツは、何よりも優衣子の事を大事にして…!』

「もう良いよ、ブン太」



私は静かにブン太の肩に手を置く。



「私…プライベート用のメール確認してないの。だから、亜美に嫌われても…仕方ないんだよ」

『優衣子…』



他の人とメールなんて滅多にしないし、電話番号だけしか教えて無かった。

だからプライベート用のメールを確認する必要なんて無かったの。

昔から仲が良かった亜美にだけは特別に教えてたけど、亜美も忙しい子だったからあまりメールする事は無くて。

半年に一回確認するペースで十分だった。



もし私がこのメールを見てたなら…亜美は今頃…生きていたのかな――?





『優衣子ちゃん、亜美ちゃんが死んだかなんてまだ分からないよ』

「芥川…」

『もし亜美ちゃんが生きてたら、俺はまたみんなで笑い合いたい』

…甘い



後ろから芥川の言葉を聞いていた精市がそう言った。

精市は真っ直ぐ芥川を見る。



『"またみんなで笑い合う"…?本気でそんな事が出来るとでも思ってるのかい?』



相変わらず精市の口調は優しい感じだが、言葉の意味は重く、厳しかった。



『仲間を傷付けて、裏切って、全て元通りに出来るわけがないじゃないか』

『………』



精市の厳しい言葉に、跡部は手を強く握る。

亜美を傷付けた手を、傷付けるように強く…。



『形だけ戻る事が出来たとしても、心から君達を信じる事なんてきっと彼女にはもう出来ない。それくらい重い罪を犯したんだ、君達は



精市の言葉には無駄が無く、私が伝えたかった事を全て正確に伝えてくれた。

私の気持ちも、亜美の気持ちも、きっと彼らには伝わった。

彼らの顔を見ればそれが分かる。


言葉にすると短いけれど、それを伝えるまでの時間は長かった。

やっと、自分達が犯した過ちを…理解してくれたんだね…。




『前々から思っていたのだが…』



蓮二が氷帝陣に向かって言う。



『優衣子がテニス部に入って以前と全く同じ状況になった時点で、何故おかしいと思わない?』



蓮二の問いかけに、誰もがハッとした。



『俺なら、真っ先に小南愛理を疑うが』

『は?なんで私?』

『馬鹿の一つ覚えのような小細工に引っかかるのは、馬鹿しかいないようだな』

『小細工…?私は何も細工なんてしてないわ。私は被害者なの!

『…被害者か。合宿の時にパソコンで俺を殴った奴が言う台詞じゃないな』

『フンッ、そんな証拠は無いわ』

『証拠ならある』



そう言って蓮二はビデオを少し巻き戻して、再生する。

スクリーンには丁度小南愛理が蓮二を殴っているシーンが映し出される。

多分この場面になるように計算して巻き戻ししたのだろう。

蓮二の計算力は相変わらず凄かった。



『何で…合宿の映像があるのよ…』

『これだけじゃない。こんな映像だってあるぞ』



蓮二はまたもや少しだけ巻き戻し、再生ボタンを押す。

そこは決定的なシーンだった。




【仲間じゃないよ、彼らは】

【じゃ…あ…ッ…何…ッ、グハッ…!】

【手駒】




それを見て、小南愛理の顔は血の気が引いて、青ざめた顔になった。

そして跡部が一言、



俺達はお前の手駒じゃねえ



そう断言した。



『何よ…みんなして私を虐めて…何が楽しいの!?』

「亜美の痛み、分かった?」

『……ッ、わかんない!全っ然わかんない!!』

「…救いようの無い子だね」

『みんなして清水亜美清水亜美って…、アイツにどんな価値があるって言うの!?』


小南愛理はポケットに入れていたカッターナイフを、頭上に上げる。




『死ねば良いのよ、清水亜美の仲間なんて…!』



そしてそれを私に向かって振り下ろした。

距離は近かったけど、逃げようと思えば逃げれた。


でも、それが出来なかった。

カッターナイフを見るといつも、亜美が自殺したあの場面を思い出してしまうから…。




亜美…。


助けられなくて、ごめんね…――。


- 46 -

*前次#


ページ: