第47話 私の胸の中にしか無い。


「――ッ…」






歯を食いしばって、目を瞑ってみたものの…

痛みも痒みも感じなくて。


うっすらと目を開けると、私の目の前に誰かが立っているのが分かる。

涙でぼやけてよく分からないけど、確かに誰かが立っている。




『アンタ…なん、で…?』



聞こえるのは、ぽたぽたと何かが垂れる音と、小南愛理の驚いた声。





それと…







『優衣子を傷付けたら許さない』


「――ッ…!」



聞いた事のあるこの声。


まさかと思い、目を開けてみれば…




「亜美…」



そこには私の大切な親友が居た。

幻を見たかのような感覚に囚われたが、これは紛れもなく…現実だった。



『優衣子』



亜美がこっちを振り返る。




――パァァアアン…!




そして思いっきり私の頬を叩いた後、力一杯私を抱きしめた。


一瞬の事だったので、何が何だか分からず混乱する私。

その時、亜美が私にこう言った。





『何で復讐なんて危ない真似するの…?』



亜美は泣いていて、少し声が震えていた。

触れている部分が熱い。

亜美の温もりがまた…戻ってくるなんて…。




『私、優衣子に復讐なんてして欲しかったわけじゃない』

「…亜美…」

『こんなに怪我して…死んだらどうするの…?』

「……ごめん」

『優衣子は掛け替えのない、たった一人の親友なのに』




亜美のその言葉が嬉しくて、胸に響いて…私の目からも自然と溢れ出す涙。




『優衣子…泣いてるの…?』



亜美は驚いて私を解放すると、



『良かった…』


と言って、もう一度私を抱きしめた。

今度は先程よりも強く、苦しいくらいに。



『もう、何も心配いらないんだね…』

「…うん…ッ、私はもう…大丈夫だよ…」



止め処なく涙が流れる。

悔し涙でも、悲し涙でもなく…嬉し涙が…。


胸にあった支えが取れたように、スッキリした気分だった。




「――ッ、亜美…手!」



気付けば亜美の手からは血がぽたぽたと垂れていた。

私を庇って付いた傷。


また、助けてもらっちゃったね…。



『大丈夫だよ、これくらい。優衣子の傷に比べたら軽い軽い』



亜美は笑って、腕を見せる。

肌は艶々しくて、痩せてはいるものの衰えている様子は無い。

顔色も良くなって、笑顔が輝いてて…。


私の知っている亜美が、帰ってきた。

私の大好きな清水亜美が、戻ってきた…――











『何よ、全然元気じゃない…この女』

「は…?」

『自殺したとか言って、みんなに心配して欲しかっただけじゃないの?』





亜美が…元気…?



心配して欲しかっただけ?




何を見てそんな事を言ってるの…?


何も知らない癖に、ふざけんな…ッ!







――ガシッ!






小南愛理の胸ぐらを思いっきり掴む。

勢いで首を絞めてしまいそうになるぐらい強く…。



『な、何す』

アンタに何がわかんの?



許せなかった。


憎くて仕方なかった。



亜美はアンタのせいで苦しんだのに…。




「亜美がどれだけ辛い思いをしたかなんて、わからないでしょ…?」



あの時の亜美の表情も心情も、私だけしか知らない。

思い出すだけで胸が苦しくなるような思い出は、私の胸の中にしか無い。




「たくさん傷付けられて、亜美がどんなに辛かったかなんて、アンタ達には一生わからない…ッ!」




強くて、逞しくて、頼り甲斐があって、誰にも負けない…なんて…亜美の全てじゃないの。

亜美にだって、辛いことはある。

負けてしまうことだってあるんだよ…。


それでも支えがあったら、手を伸ばしてくれる人がいたら…

乗り越えられたかもしれないのに。




「どうして傷付いたのが亜美なの…?どうしてアンタじゃないの…ッ?」





何度そう思ったことか。

何度そう嘆いたことか。

亜美はいつだって私に幸せをくれたのに。

どうして不幸は亜美に降り掛かったのだろう…?




「亜美は氷帝テニス部にとって、この程度の存在だったの?」

『優衣子…』

「今まで亜美と過ごして来た日々は、こんな簡単に崩れるような信頼で出来てたの…!?

『………』




ずっとずっと、考えてた。



もし私が亜美と同じ立場だったら…、って。


小南愛理がもし、氷帝じゃなく…立海に居たとしたら…。



私はみんなから、嫌われてたのかな…?





何回も何回も考えて、


結局出た答えは…
















"NO"――






きっとみんなも、同じ想い。


だって、私たちが築いた信頼は…そんなに軽いものじゃないでしょ…――?





『…似てたんだよ』



跡部は伏せ目がちで、そう言った。



『亜美と愛理の、発言が…似てたんだよ』

「発言…?」

『俺達にアドバイスする内容が、細かい所までそっくりで…』



跡部のその言葉は、ふざけて言ってるような感じは無くて。

意味深な雰囲気が漂っていた。






――ああ、そうなんだ…。





私…誤解してた。

氷帝陣は、小南愛理を信頼してたんじゃない。


亜美に似てる小南愛理を信頼してたんだよね…?





『アハハッ!教えてあげようか?私が何故清水亜美に似ていたか』



小南愛理のうるさい笑い声が耳に響く。

その笑い顔は、ヤケクソになっているようにしか見えなかった。



『清水亜美がずーっと付けてた部誌があるの』

『部誌…?』

『私は毎日毎日、それをコッソリ盗み見してたってわけ』

『…通りで俺達の事をよく理解してたってことか…』




跡部は溜め息を吐いてから、亜美の前に立った。




『亜美、お前に言いたい事がある』


『…何?』


『俺は『ちょっと待て




跡部の言葉を遮ってそう言ったのは、宍戸だった。




『俺だって言いたい事、たくさんあんだよ』

『アーン…?次で良いだろうが』

『いや、俺が最初じゃなきゃ駄目なんだよ』




宍戸の必死な様子を見て、跡部は察したように亜美の前を譲る。


そして宍戸と亜美が向かい合わせになる。





言いたくて、でも言えなかった言葉を、彼は今…亜美に…。

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