第52話 「終わったよ、復讐は」
<優衣子side>
冗談じゃない。
こんなことって無い!
『私、テニス部を…氷帝学園を、辞めます』
何で亜美が辞めるの?
私はそんな結末を望んでたわけじゃない!
「ねぇ、亜美」
『お願い、優衣子…止めないで…』
吸い込まれそうなくらい深い亜美の瞳が、色々な事を物語っていた。
言葉では言い表せない程に混雑した亜美の想い。
その殆どが私の心を刺激する。
私の心の中に伝わって、侵食して行くように…。
でもね、亜美。
アンタは伝わってくる想いとは、反対の事を口にしてる。
強がってる。
本当は弱いくせに、こんな結末望んでないくせに…。
亜美が本気でそれを望むなら私は止めない。
だけど、亜美が本気でそれを望まないなら…
私は全力で亜美を止める――
「亜美、一生のお願い。そこで待ってて」
『…え?』
「私、用を思い付いたから、そこで待っててって言ってるの!」
『えっと、…うん』
「絶対だよ!芥川はそこでその女見張ってて!」
『了解っ』
芥川はガッシリ小南愛理の腕を掴む。
そして立海のみんなには…
「みんな、帰って良いよ」
早々と帰ってくれる事を望みます。
『えぇぇえええ!?そりゃ無いッスよ!』
『そうだぜ、優衣子!俺達大事な休日を優衣子の為に捧げたっつーのによ!』
やっぱり、聞き分けが悪いのはこの二人。
ブン太と赤也はこうゆう時いつも意気投合するんだよね。
「いや…帰って良いよって言うかね、帰って欲しいの」
君達がいるとややこしい事になりそうな気がするから。
と言うよりかは、ここからは氷帝だけの問題なの。
『優衣子先輩は、俺達が邪魔って言いたいんスか!?』
「うん、邪魔。じゃなくて…休日を無駄にするのは勿体ないでしょ?」
『そんなの今更だぜっ!ここで帰ったら俺達何の為に朝早く起きて此こんな所に来たんだよ!?』
「ごめん」
『ごめんじゃ済まないッスよ、優衣子先輩!!』
何でも良いから早く撤退して欲しいんだよ。
私は早く、アイツを…
『さ、行くよ』
『え、ちょ…幸村部長!?』
『聞き分けの悪い男は嫌われるぜよ、赤也?』
『に、仁王先輩!?』
『それに、今ならまだ有意義な休日が過ごせるかもしれませんよ』
『柳生先輩まで…』
みんな…、ありがとう。
感謝なんてたくさんした。
これからは、みんなに恩返しする番。
私が清々しく此処を去れるように、決着を――
『仕方ねえ、行くか。優衣子がそうして欲しいんだろ?』
「ブン太…うん、ありがと」
『丸井先輩…、…わかりましたよ…。行けば良いんでしょ、行けば!』
「ごめんね、赤也」
『その代わり!ちゃーんと、帰ってきてくださいね!』
そう言って少し赤くなった赤也が
可愛いって思ったなんて言ったら…
怒られちゃうかな?
「当たり前でしょ!」
笑顔でそう言い残すと、私はテニスコートに向かう。
「宍戸、我慢するのは…体に悪いよ?」
途中で出会った宍戸にそう言って、私はまた走る。
たまには…我が儘言ったって良いんじゃない――?
「…ッ、はぁ…はぁ…」
いつも思うけど…この学校のコートは複雑すぎる。
広いし階段はあるしで…。
でも、絶対彼は此処に居る。
だって此処が全て始まりの場所だから。
「――…!」
一人、壁にもたれて座り込む人を発見した。
遠くて顔は見えなかったけど…
顔なんて見なくても、私には誰か分かった。
テニスコートに思い入れがある人なんて、テニス部しかいないじゃない…?
「
忍足侑士…ッ!」
『――…!?』
忍足はテニスボールを握り締めて、俯いていた。
私が名前を叫ぶと、ビックリしたような顔で肩を大きく動かした。
『…何しに来たんや…』
そう呟く忍足の横に、私は座り込んだ。
私の顔をジッと見て、彼はまた呟く。
『俺に、復讐でもしに来たんか…?』
疑問系になっているのに、彼の言葉は答えを欲していないように思えた。
ただただ、自分の罪に怯えている。
「終わったよ、復讐は」
『…そうか』
忍足は俯いて、手に持っているテニスボールを見つめる。
まるでテニスボールに何か思い入れがあるかのように…。
「今なら、言い訳でも何でも聞いてあげるから…話しなよ」
私がそう言うと彼はフッと笑った。
『随分と、優しいんやな』
「今だけ期間限定ね。私、アンタの事嫌いだから」
『……せやな…』
「でも…亜美がアンタの事好きみたいだから、今だけ特別に」
『…………』
忍足は黙り込む。そして沈黙が広がる。
けど、私からは何も言わない。
忍足侑士が話すまでは、何も言わない。
この沈黙は、彼が心の中を整理している時間だから。
『俺な、亜美の事が大好きやったんや』
暫くしてようやく、忍足は口を開いて話し始めた。
「うん」
忍足の自白に私はただただ頷くだけ。
『でも宍戸と付き合って、失恋して』
無表情に忍足はそう話す。
『そんな時に、俺を励ましてくれたんが…愛理やったんや…』
そして、時々…悲しげな表情を見せながら。
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