第53話 償わなアカンのは俺や。


<忍足side>



「アイツは特別な存在やった。だから守らなアカンって思った」




そう言いながら見上げた空は、こんな時やのに真っ青で。

俺の心はどんよりと曇っとるのに、この広い空は雲一つ無い快晴やった。




「その結果、俺は…何もかも失ってしまったんや…」




思い出が空に溶けていく。

残ったのは…俺が犯した罪。

それと…ぽっかりと穴が空いた、空虚なこの心。




「信頼も、仲間も、愛理も亜美も…俺にはもう何も残ってへん」




亜美から貰ったこのボールも、今じゃ形見となってしもた。

俺は何も得る事が無い道を…一人で突っ走ってた。

得たものを落として落として、最終的には"無"になった。


仲間と出会ったこの場所、

亜美と出会ったこの場所、

愛理と出会ったこの場所、

そして崩れ始めたこの場所…。


此処に来てみたら何かが変わるかと思った。

けど…思い出が詰まったこの場所も、今じゃ空っぽになってて。




「俺、部活辞めるわ」



それで償えるような事やないのは分かってる。

でも…それでも何か償いたくて、色々と考えた結果がコレ。



『ふーん…』



姫島はそう呟いて、微笑する。


お前なら…何か分かってるんか…?


俺には、どうしても償う術がわからへん…。

亜美を殴った手も、亜美を蹴った足も…

熱くて、痛くて…ジンジンする。

震えが止まらへんのや。



手なんか…出すんやなかった――。









『アンタ達ってさ、何処までも仲良しなんだね』

「…え?」

『亜美もさっき、テニス部辞めるって言ってたよ?』

「――…!」



亜美がテニス部辞める言うてた…?

アイツ…生きてるんか!?



「亜美は…何処におるんや!?」

『まぁ落ち着いて。私からのお願い聞いてくれたら、言っても良いよ』

「…お願い…?」



姫島は悲しそうに俺を見つめた。

そして一言、



『亜美の本音を…吐き出させて』



俺にそう言った。



『亜美が大好きだったテニス部を辞めたいわけがない』



今の俺の気持ちと亜美の気持ちは…十中八九同じな筈。

大好きやけど、辞めなアカン。

それは、何かを償う為に…。

亜美、お前に償う事なんて無い。

償わなアカンのは俺や。

全部背負わなアカンのは俺なんや。


やから、お前はもう嫌な思いはせんでええ…。



『あと、アンタもきちんと自分の本音を言う事』

「え…」



姫島が付け足した条件は、何とも難しい事やった。

俺かて、他人の為に嘘を付く事はあるんや。

今俺が我が儘言うて良い場面ちゃうやろ…?



『以上、それだけ!亜美は部室に居るから…行っておいで』

「姫島…おおきに」



俺は立ち上がって、テニスコートを去るように走った。


…いや、違う。


部室に直進するように走ったんや。


一刻も早く、亜美に謝りたかったから…――















「亜美…ッ!!」



勢い良くドアを開けると、そこに居たのは

レギュラー全員と、愛理と、…亜美…。



『侑、士…』



久しぶりに見る亜美は痩せてて…。

チクッと痛む心がざわめき出す。



「亜美…」



亜美の肩が微妙に震えてる。

そりゃそうやわな…。

俺はそんだけの事をしたんや。

怖がられてもおかしくない。



でもな、俺の気持ち…ちゃんと聞いて欲しい。



「亜美、今まで…ホンマに悪かった…!」



俺が亜美の前に行って頭を下げると、亜美はキョトンとした顔で俺を見た。



「俺、自分を見失ってて…お前を傷付けて…謝って済む事ちゃうけど…」



…そうやない。

いや、確かにそれは思ってるけど…俺がホンマに言いたい事はこれちゃう。

じゃあ何や?

ホンマは亜美が好きやった…?

…いやいや、そんなん言うても意味ないっちゅーねん。



あぁ、もう!

言葉を飾らんでもええ。

俺の役目は本音をぶつけるだけや…!



「ハッキリ言うわ、お前はテニス部を辞めんでええ」

『え…?』

「俺がお前の代わりに辞める」

『侑士…』



亜美が不思議そうな顔で俺を見つめる。

でも…




『あと、あんたもきちんと自分の本音を言う事』




パッと俺の頭に浮かんだ姫島の顔は、怒ってた。

アカンな、俺。

全然約束守ってへん。




「って言うのは嘘や。正直、俺も辞めたくない」

『え…』

「俺はテニス部が好きやねん。だから…出来れば辞めたくないんや」



辞めたいわけが無い。

テニス部で、俺は…掛け替えのないものを見つけたんや。



「お前に酷い事した俺がこんな事言うのも都合が良いけど、俺はお前にも辞めて欲しくない。俺はお前とまた…」




また、一緒に…

なんて言うのは…



もう、不可能なんか――?






『忍足、自分勝手な事言ってんじゃねえよ』

「宍戸…」

『こうなったら、俺も言わせて貰うけどよ』



宍戸は亜美の方を見て言った。



『俺もお前と別れたくねえし、お前とずっと一緒に居てえんだよ』

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