第54話 『好きなんだよ、お前が』


<亜美side>



亮、侑士…。

彼らが私に訴えかける言葉達は、飾ることの無い…真っ直ぐな言葉。




『亜美、俺達…罪悪感だらけなんだよ』

「亮…」

『俺達に償うチャンスは…もう、ねえのかよ…?』

「…………」




どうして?


私なんていなくなれば良い。

それを望んだのは、貴方達じゃなかったの…?




『テニス部には、お前がおらなアカンのや』

「でも私は…」

『俺はもう間違いは犯せへん。お前だけを信じるって決めたんや』

「侑士…」



その言葉が嬉しくて、涙で視界が霞んだ。



"お前だけを信じる"



私はずっと、その言葉が欲しかったんだ。

仲間に、信じて貰いたかったんだ…――




「私、たくさん傷付いたんだよ…?」



テニス部のファンの子達に殴られても、

虐められても、平気だった。

でも、みんなに殴られて付いた傷は

虐められて付いた傷は…最高に痛くて。



「みんなの事、信じてたから…」



だからこそ、悲しかったし…苦しかった。


テニス部という私の居場所を失って、

自分の存在が薄れて行くのが…怖かった。


大好きな仲間も、

大好きな私の居場所も、

全て失って、

空っぽになってしまった。



「もうそんな経験はしたくないの」



だから、みんなとは関わりたくない。

ホント言うと、それが本音だった。


そうやって…私は逃げてたの。




「私の傷はもう癒えないかもしれない」



深く切り裂かれた傷跡は、完治する事は無いかもしれない。


でも…




「だから…私の傷が癒えるまで、覚悟しといてよね



みんなからの愛情があれば…

意外と簡単に傷跡は塞がるような気がする。


保証や確信は無いけど、

何故かそう思えるの――。




『亜美…』

『亜美ちゃん…!』

『亜美、先輩…』



みんなが嬉しそうに笑う。

ずっとずっと欲しかった、この笑顔。


戻って来たんだ、何もかも…。


怖くなんか無い。

不安なんか無い。

私達はもう、大丈夫なんだ。






『本当にすみませんでした…ッ!』

「だからもう良いって」



何度も何度も私に向かって謝る長太郎。

彼の拳が私に向けられることは、もう無い。



『でも…俺、色々と誤解してて…亜美先輩を殴ったり…最悪な事をたくさん…』



長太郎の目が段々涙でいっぱいになる。



「長太郎、歯食いしばって」

『え…?』











――パァァアアン…ッ!



私が思いっきり長太郎の頬を叩くと、その拍子に彼の目から涙が一粒零れた。



「これでおあいこって事で」

『亜美先輩…』



私がそう言うと、長太郎は間抜けな表情で私を見て、涙をポロポロと流し始めた。

必死に涙を拭う長太郎は以前のような長太郎じゃなく。

いつの間にか私の震えは完全に消え去っていた。



『亜美ちゃん。俺も、ゴメン…!』

「ジロー、ありがとう

『へ…?』

「私、ジローが私の為に悲しんでくれてた事、知ってるから」

『…え、あ……うん…』



ジローが恥ずかしそうに下を向く。

そしていつも通りヘラヘラと笑うジローに涙なんて無くて。

やっぱりジローには笑顔がよく似合うなぁ、と微笑。



『でも…残念ながら、亜美ちゃんの為に一番行動したのは俺じゃないんだな〜』

「え…」



ジローの目線の先に居たのは、亮。

思いっきり目が合ってしまい、顔に熱が走る。



『亜美…』



亮の瞳が真っ直ぐ私に向く。

もう、逃げない。


素直になっても…良いんだよね?



『俺、まだ別れる事…認めてねえからな』

「良いよ、認めなくて」



私だって別れたく無い。

亮が好きなの。



『好きなんだよ、お前が』

「…私、も」



想いが溢れ出したように、涙も溢れ出す。

そんな私を亮が包み込むように抱きしめる。




見て見ぬ振りをする日吉、


顔を赤く染める岳人、


呆れた顔で微笑する景吾と侑士、


涙を拭いながら笑う長太郎、


満面の笑みで笑うジロー、


相変わらず無表情な樺地。




みんな…



これからもずっと、



一緒に笑い合おうね…――
















『フッ』



今までずっと黙っていた愛理ちゃんが笑う。

みんなの視線が一気に愛理ちゃんに集まった。



『アンタ達だけ幸せになれるとでも思ってるの?』

「どうゆう事?」







――バンッ!




乱暴に開くドア。

そこから入って来たのは…



「藤堂、さん…」



藤堂さんと、黒い服を着た男達。



『あら、ご存知だった?彼は名の知れた執事だもんね』



知らない筈が無い。

藤堂さんは、優衣子の執事…。

どうして愛理ちゃんが…。



『彼、私の執事なの』

「え…――」



愛理ちゃんのその言葉に、私は言葉を失った。

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