第55話 「自己紹介まだだったっけ?」
<優衣子side>
忍足が去って、数分経った頃。
私に近付くひとつの影。
『どうやら、一段落付いたようだな』
「榊先生…」
その正体は、氷帝学園テニス部顧問…榊太郎。
どちらかと言うと彼は教師と言うより、こちら側の人間。
私だって名ぐらいは知っているような人。
『流石は姫島財閥の娘だな』
「…ご存知だったんですか」
『君の父親にはよく世話になっていてね』
「そう、ですか」
今更何も驚く事は無い。
全て、終わったんだから…。
『いつか自分達で気付くだろうとは思っていたのだが…』
「もう、間違いは起こさない筈ですよ」
『君には手を煩わせてしまって悪かった』
「榊先生、私は亜美の為に自ら来たんです」
彼らを変えようと思って来たんじゃない。
亜美の想いを完全燃焼させる為に来たの。
そして私の役目は果たした。
もう此処にいる意味は無い。
「私は今日で退学します」
『そうか…。手配はこちらで済ませておく』
「色々と、ありがとうございました」
『…こちらこそ』
勢いでこの学校に転入して、良い事なんてひとつも無かったけど…
別れはやっぱり、良い気分では無い。
かと言って涙が出る程寂しくも無く、何だか複雑な気分だった。
「そろそろ、行きますね」
私がそう言えば、榊先生は静かに頷いた。
この広いテニスコートを去った時、何やら怪しげな人達がゾロゾロと部室の中に入って行く。
まさか…
少し嫌な予感はしたけど、焦る事は無かった。
大丈夫、そうは思っていても、やはりウズウズしてしまう。
最後の最後までトラブルだらけ。
そろそろ、安心させてよね――
「何の騒ぎなの?」
ドアを開けてみれば、冷たい目線達が小南愛理に向けられていた。
『姫島優衣子、私はまだアンタに負けたわけじゃない』
「…はぁ?」
姫島優衣子はいつもの醜い笑顔を見せながら、私を指差す。
"負けたわけじゃない"…?
一体どうゆう事なんだろう?
これは勝負なんかじゃない。
勝ち負けなんて無い。
私はアンタと勝負してた覚えなんて、これっぽっちも無い。
『この人達は我が家のSPと執事』
へぇ、と無関心のままそのメンツを見てみると、そこには私の見慣れた顔があった。
藤堂…彼がそこに居た。
けれど私が驚く事は無く。
何故なら藤堂を小南家に派遣したのは…私だから。
小南愛理…貴方が行う行動全てが、こちら側に筒抜けだったってこと。
『「フッ…」』
亜美が静かに笑った。
そして私も。
最後の足掻きがこれ程下らないとは…。
小南愛理とは、最後まで下らない人間だった――。
「お久しぶりね、藤堂」
『元気にしてた?みんな』
私が話しかけたのは藤堂だったが、亜美が話しかけたのはSPの方だった。
これには流石の私もビックリ。
何故か亜美も驚いた顔をしている。
お互いに頭に"?"を飛ばして顔を見合わせる私達。
だけど何となく、想像はついた。
「まさか、この人達亜美の…」
『そう、私の家のSP達。一瞬冷や汗かいたけど、知ってる人達で良かったよ。それより…』
亜美は藤堂と私を交互に見る。
ついつい可笑しくなって笑いが漏れてしまった。
「この人、私の家の執事」
『そんなの知ってるよ〜!』
少し頬を膨らませる亜美。
そして…
『何よ…この人達は…私の…』
私の冗談に頬を膨らませる余裕も無いくらいに動揺する小南愛理。
残念でした。
アンタの計画は全て、失敗。
『私の執事と…SP、なのよ!』
「違うよ、私の執事」
『と、私のSPね』
『何で…じゃあ何で私の家に居るのよ!』
アンタは最初から、私の罠にハマっていたの…――
『「
小南家に派遣したから」』
『なっ…!』
やっぱりね。
多分亜美が虐められた事を、亜美のお母さんが亜美のお父さんにバラしたんだろう。
それで怒った亜美のお父さんが小南家にSPを派遣して。
小南家の情報を全て漏らすようにし向けたって感じかな。
流石、"裏"の人間はやる事が違うね。
私がビデオを送るまでも無い。
情報が全て外に漏れていた時点で、小南財閥は終わり。
アンタはもう、お金持ちでも何でも無い。
『う…嘘、ついてんじゃ…』
「なら電話を貸してあげるから、お父さんに電話してみなよ?」
震える手で電話を奪い取り、直ぐ様電話をかける小南愛理。
『もしもし、お父さん!?あのねっ…!』
詰まる声を必死に出そうとする小南愛理。
しかし彼女の声は父親によって遮られ、必死の抵抗も全く意味を成さなかった。
『えっ…』
ガクンと倒れ込む彼女。
目を見開いて、小刻みに震える。
「どう?何て言ってた?」
私がそう問いかけると、小南愛理は思いっきり私を睨む。
『アンタ…何者なのよ…ッ!?』
「あぁ、ごめんね。
自己紹介まだだったっけ?」
私は長ったらしい髪を耳にかける。
そして
「初めまして、姫島財閥の娘の姫島優衣子と申します」
丁寧に自己紹介をした。
『姫島…財閥…ッ!?』
小南愛理は思いっきり顔を青ざめて、冷や汗を垂らす。
今彼女に降り掛かっているのは、
紛れも無く、"絶望"――だった。
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