第56話 これからもヨロシクね――




『そんな…、私…どうすれば…ッ』



金も味方も全て無くなった。


まさに空っぽの貴方を、もう誰も必要としないの。

おまけに氷帝から追い出されるなんて。

"絶望感"以外何を感じると言うのだろう?



『優衣子、もう良いよ』

「え…?」



亜美が小南愛理に手を差し伸べる。

小南愛理は警戒した様子で亜美を見る。



『何の、つもり…?』

『私の所においでよ』

『なっ…!』

「亜美、何を考えてるの…!?」



自分を虐めたこの女を、助けるって言うの…?


あんなに傷付いたのに、

あんなに酷い事されたのに、

この女を許すって言うの…?



信じられない。

けど…



『ごめんね、優衣子。私は愛理ちゃんを見捨てる事なんて出来ない』



それでこそ、私が好きになった亜美なんだよね。



『アンタ…私を、馬鹿にしてるの…?』

『してない。だって、愛理ちゃんがこうなったのは…私のせいでしょ?』

『は…?』

『ごめんね。私、自分の居場所を取られるのが嫌で…愛理ちゃんが馴染んで行くのが嫌で…知らない間に酷い事してたかもしれない…』

『何言って…』

『愛理ちゃんは、そんな私が嫌いだっただけなんだよね…?』

『――ッ…』




小南愛理が涙を流す。

今まで流していた涙とは全く別物の、純粋な涙。


亜美、やっぱりアンタは凄い。

私は敵わないよ…。




『私の所においで?そうすれば今までの生活くらいは出来るから』

『馬鹿、じゃないの…』

「足りないなら私が援助してあげても良いけど」

『……馬鹿だよ、アンタ達…ッ!』



小南愛理は亜美の胸ぐらを掴む。



『私は、レギュラー目当てで入ったの!最初から清水亜美を追い出すつもりだったの…!』

『そんなの、嘘だよ』

『嘘じゃない!私はアンタ達が落ちていくのをずっと楽しんでたの!』



小南愛理は乱暴に涙を拭って、静かに笑う。

息を落ち着かせ、顔を上げると憎たらしい言葉を一言。



『…私は、アンタ達にお世話にはならない』



無理に笑うその笑顔は、涙でぐちゃぐちゃだった。

だけど、今まで以上の醜さは無い。



『貧乏人生だろうが何だろうが、アンタ達に助けられるくらいならそっちの方がマシよ』

「そう」

『絶対絶対、私は這い上がって来てやる…!その時は、覚悟しなさい』

『うん、待ってるね』



そう言って小南愛理は部室から出て行った。



その後彼女は、自ら退学したらしい。

それを知るのは、もう少し先の事だったけど。








「藤堂、行くよ」



私は藤堂と共に部室を出る。

去り際にSPの人達を見て、思い出した事がある。


私が裏のヤバイ人達と関わってるって噂。


一時期物凄いスピードで広がってたけど、あれって強ち嘘じゃないんだよね。

ヤバイ人はヤバイ人でも、良い意味の"ヤバイ人"なんだけどね。
















『優衣子、待って!』



亜美に呼び止められて後ろを振り返ると、氷帝陣が私を見送っていた。



『姫島先輩…俺、これからは氷帝テニス部を…仲間を信じます』



そう言った日吉は垢抜けている様子だった。

彼は自分で答えを見つけたんだ。

きっともう、迷う事なんて無いよね。



『優衣子、私…私ね、最後のメール、送れなかったの』

「え?」

『もう、優衣子に迷惑かけたくなかったの。だから優衣子断ちしようとして、優衣子のアドレス消したの』

「そう、だったんだ…」

『だからね、優衣子の事嫌いとか、そんな事全然思ってないから…!』



必死にそう訴えてくる亜美が、何だか可愛く思えた。

私は不敵に笑って、




「そんなの知ってるよ」




と、強めの言葉を亜美に送り、背を向ける。





『違う形でお前と出会ってたら、俺がお前を選んでやったのによ』




そんな自信過剰な事を言うのは跡部。




「冗談」




私は背を向けたまま返事をする。


あの時と同じ返事だけど、あの時異常なまでに感じていた憎しみは無い。




『ありがとう…ございました…』




樺地がゆっくりと呟く。




「貴方とは、全然関わり無かったけどね」




だけど何より、このテニス部が復活する事を願っていたのは…彼。


私はそう思ってる。






『姫島…色々言って…悪かったな』




向日…。




「…私じゃなくて、亜美に言いなさい」







ねぇ、どうしてなんだろうね?






『優衣子ちゃん、俺やっぱり…亜美ちゃんの友達だから!』





大嫌いだったのに





「亜美がそう言って良いって言うんなら、それで良いんじゃない?」







憎かったのに







『姫島、色々とサンキューな』







思い入れなんて無いのに…






「亜美を大切にね」






どうしてこんなに







『ホンマ、おおきに』
















涙が出るんだろう…?












「芥川と宍戸にも、ちゃんと…謝っときなよ…」











理由なんて、本当は分かってる。





大嫌いなのも、憎いのも、



全て"過去"だったから――










「じゃあ…バイバイ…」







振り向いちゃ駄目なんだ。



涙を見せちゃ駄目なんだ。






去るのが余計に…辛くなる。







我慢して、我慢して、我慢して、



校門まで辿り着いた時、








『おかえり、優衣子』


『約束通り、生徒手帳返しますよ』






大切な仲間が居た。






『何を泣いとるんじゃ?』


『仁王くん、レディに対して失礼ですよ』


『泣きたいだけ、泣けば良い』


『うむ、今はそれが一番だ』


『ホントに優衣子が帰って来たんだな』




『お帰り、優衣子』







精市、赤也、仁王、柳生、蓮二、真田、ジャッカル、ブン太…。




みんな…




「ただいま…!」






これからもヨロシクね――

- 56 -

*前次#


ページ: