第2話 悪知恵だけは働くんだね。


栗原めぐみが入部してから約一週間。

仕事は完全に私が裏方となってしまいました。



『優衣子先輩、ドリンクまだですかぁ?』



これってどうですか?

私、仮にも先輩なんですよ?




「…ごめんね、まだ出来てないの」

『早くしてくださいね〜』



そう言いながら化粧する彼女。


そんな事してる暇があるなら手伝えよ。

私の声のトーンが1オクターブ低い事に気づけないのかな?



『出来るまで此処で待ってよーっと』



なんて独り言は私への嫌がらせか。

彼女は悪知恵だけは働くみたいで、私がドリンクを作っている間は此処で化粧。

そうすれば働いてないなんて思われないもんね?

…あー、駄目。

ずっと我慢してたけど、もう我慢出来ない。



「ちょっと、栗原さん」

『何ですかぁ?』



語尾を伸ばすな、語尾を。



「やる気がないならテニス部辞めてくれないかな?」

『えっ、何言ってるんですか、先輩〜!私ちゃんとドリンク選手に配ってるし、仕事してますよぉ!』

「仕事するのに、化粧は必要かしら?」



あ、ヤバイ。

久しぶりに出ちゃった、お嬢様言葉。

どうやら私はこの子に敵対心を持ってしまったらしい。



『先輩、女を捨てちゃ駄目ですよ!先輩だって化粧すればもっと美人になるかもしれないのに〜!』


余計なお世話。

スッピン美人目指してますから。

って、そんな事はどうでも良い。



「ここは会社じゃない、学校なの。化粧なんて必要無いわ」

『先輩って意外と堅いんですね〜』

「貴方がふざけすぎてるの」

『そんなんじゃ、レギュラーから嫌われますよぉ?』

「それで嫌うならそこまでの奴らだったって事だし、構わないわ」

『へぇ〜、構わないんだ?』



栗原さんはニヤリと笑った。

そうそう、そんな感じ。

小南愛理もそんな感じだった。

やっぱりお似合いだね、アンタ達。



『なら嫌われちゃってよ。私はレギュラーのみんなに好かれたいし』

「レギュラーのみんなも、貴方みたいな子は好みじゃないと思うわよ?」

『私は好きだもん、幸村先輩とかv』



あぁ、またですか。

どうして精市はこんなタイプの子に好かれやすいんだろうね?



『先輩、前から目障りだったんですよね〜。幸村先輩とイチャついてるし』

「…嫉妬かしら?」



私はニヤリと笑って見せた。

あらら、これは重症。

性格の悪さ伝染しちゃった。



『チッ、笑ってられるのも今の内ですから』

「どうゆう意味かしら?」

『コレ、何か分かります?』



彼女が取りだしたのは…煙草。



「未成年がそんなもの持っちゃいけないのよ?」

『そうですよね〜。未成年ですもんね〜』



そう言いながらも笑っている彼女に、何だか悪寒がした。



「何がそんなに可笑しいのかしら?」

『いや、これを部室の前に放置したらどうなるかなぁ〜って』

「――…!」

『全国大会…出場停止とかになっちゃいますかね?』



ホント、悪知恵だけは働くんだね。

そんな事、私が絶対に阻止する。



「貸しなさいよ、ソレ」

『嫌です』

「良いから、貸しなさい」

いーやーでーすー



頑なにそう言う彼女に、煩わしさを感じた。

私は彼女を押し倒して、煙草を奪い取る。



「そんな事したら、絶対に許さないから」



みんなが全国大会に出る事を、どれ程楽しみにしてたか。

途中から入ってきたアンタには分からないでしょ?



『アハハッ、先輩たーんじゅん☆』

「えっ…」

キャァァアアア…ッ!!



栗原さんは叫び出す。

ヤバイと思って彼女から離れようとするが、腕を取られてバランスを崩した。

私は栗原さんの上に乗っかった体勢になる。



――ガチャッ。



そしてタイミング悪くドアが開いた。

…こんなにも空気を読めてる君は誰かな?



『なっ…、何してるんッスか!?』



アンタか、赤也。

あぁ…どうしよう。

この状況、どう見たって私が悪いに決まってるよね。



『優衣子、栗原!?』



ジャッカルも登場して、続々と部員が集まる。

取り敢えず私は起き上がった。



「違うの、みんな…コレは…」



言い訳なんてしなくても、私を信じてくれるだろうと思ってた。

だって私達は強い絆で結ばれているから。

そう、思ってたの…。



『優衣子、何持ってんだよ…?』

「あっ…これは…!」

『優衣子先輩がっ…煙草、吸ってて…それを私が止めようと、奪ったら…押し倒されて…ッ』



栗原さんは涙を流して訴える。

どうしてこの手の女は泣き真似がこうも上手いのだろう?



『…ホントかよ?』



ブン太が私に問いかける。


…私には分かる。


この目は、

私を疑ってる目だ――。




『優衣子、部活が終わったら俺の所へ来い』



真田、違うよ。

私は煙草なんて吸ってない!



「真田っ…私は…」

部室で煙草見つかって出場停止になったらどうするんだよ?



ジャッカルのこの言葉は…結構きいた。


私が煙草を吸ってる事は確定なんですか?

私を信じようともせずにそっちの心配するんですか?



私達の絆は脆くない。

私はそう思ってたけど…みんなは違ったんだ…。



『優衣子、取り敢えず君は謹慎。明日は来なくて良いよ』



精市にまでそう言われて、私は完全に希望を失った。


絆が深いか浅いかなんて…

土壇場に立たされないと分からないんだね。


しみじみとそう思った。




「亜美は氷帝テニス部にとって、この程度の存在だったの?」




いつか氷帝テニス部に投げ掛けた質問。

今、立海のみんなに投げ掛けたいよ――

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