第6話 全然ついていけてないよ、私。


精市の方を向くと、精市も私を見ていた。

その揺れない真っ直ぐな瞳に、私は思わず目を反らしてしまった。



『そうだな』



精市の口から意外な返事が飛び出したので一度精市の方に視線を戻すと、精市が優しく微笑んでいた。


何でそんな優しい笑顔を私に向けるの?

怒ってたんじゃないの?

愛想、尽かしたんじゃないの…?



『良かった。私、これ以上優衣子が悲しむ所…見たくないから』

『フフッ、俺もこれ以上優衣子に嫌われるのは嫌だしね』



二人は顔を見合わせて笑い合う。

あの〜…どうなってるのか全く分からないんですけど。

説明してよ、誰か。



『優衣子、悲しい思いをさせて悪かったね』

「え、えーっと…」

『あぁ、ごめん。説明が必要かい?』



そりゃあ勿論。

私、脳内真っ白状態です。



『まず最初に…。俺達は優衣子の事、信じてるから』

「へ…?」

『言っただろ?優衣子は俺達の仲間だから、何があっても信じるって

「…精、市」



何が起きてるのかは全くわからないけど、精市のこの言葉は素直に心に響いた。

今の私にとって、この言葉より嬉しいものは無いくらい…本当に嬉しかった。



『どうゆう、事…?』



私とは対照的に、精市の言葉を聞いて顔を強張らせる栗原さん。



『まず、俺達が君をマネージャーにすることがおかしいって、何故気付かないんだろうね?』

『…え…?』



険しい顔をして困惑する栗原さんに、蓮二がこう言った。



『マネージャーは優衣子だけで十分だ。今までも入部希望者は弦一郎が断ってきた。だが、お前だけは入部を許可した。それが何故か、わからないか?』



残念ながら私にはその理由が全く分からなかった。

だけど栗原さんは分かったようで、悔しそうに唇を噛み締める。



『私が…小南愛理の…妹だから…』

「……えぇ!!?



まさか…嘘でしょ…?

栗原さんが小南愛理の妹?

そんな…、だって名字違うし!



『正しくは、従姉妹だが』

『…本当の姉妹じゃない。けどね、私は愛理ちゃんを本当のお姉ちゃんのように慕ってたの』



ちょっと…ストップ!

折角頭の整理がつきそうだったのに、また混乱してきた…。

小南愛理と栗原さんが姉妹のように仲が良い従姉妹、ってことは。

当然…私を恨んでるわけだ。

あぁ、そうゆう事ね。ハイハイ。



『でも、ある日愛理ちゃんが…急に姿を消したの。…私に内緒でだよ?理由が知りたくて…私、色々と調べたの』

『そこで優衣子の名前が浮上したと言うことか』

『そう、姫島優衣子が転入して、入部して、それで退部退学。姫島優衣子が退学した時期と愛理ちゃんが退学した時期が…同じだったの』



栗原さんは俯いて拳を強く握る。



『その事について氷帝の人みんなに聞き当たった。だけど…聞こえてくるのは愛理ちゃんの悪口、悪い噂…そればっかり』



そして私をキッと険しい表情で睨む。



『聞いてるうちに、それが全部姫島優衣子、アンタの仕業だって分かったの。だから私はアンタに"復讐"する計画を立てた。アンタの行動パターンから色々と考えて、アンタが大切にしてる立海テニス部から嫌われれば良い、そう思ったの』

『だが、それも失敗に終わったと言うことだ』

『――ッ、終わってない。貴方達は姫島優衣子に騙されてるの!』

『この状況でそれを言うか。苦し紛れの嘘だな』

『嘘じゃない。証拠だって、あるんだから』



栗原さんはトロフィーを手に取り、みんなに見せる。



『見てよ、傷付いたこのトロフィー達。全部彼女がやったって、みんな知ってるでしょ?』



みんなの視線はトロフィーに向かう。

やってない、って否定しても…きっと信じて貰えないんだろうな…。



『仲間とか言ってるけど、全然そんな事思ってないんだよ、この人』



ブン太は傷付いたトロフィーを見つめて、溜め息をついた。

そして一言、こう言った。






『……ホント、酷い事してくれたよな』



きっと耳を塞いでも、音が聞こえなくても、この声だけは聞こえると思う。

目とか耳とかじゃ無くて、体中で感じるの…この言葉の鋭さを。

ブン太の言葉が、こんなにも痛いなんて…。



『どうしてくれんだよ、この傷』

『…え?』



しかし、意外な事に…ブン太が責めたのは私じゃなく、栗原さんの方だった。

栗原さんも驚いて聞き返す。

私はまたまた、何が起きているのか分からず混乱するだけ。

今日はおかしい。

一応これでも、五カ国語を話せるくらいの頭は持っているのに…。

全然ついていけてないよ、私。



『なっ…私じゃないっ、やったのはこの女!自分でも認めてたじゃない!!』

バーカ、俺達くらい付き合いが長ぇと、嘘か本当かなんて一発でわかんだよ』

『そう。だから煙草の事だって、何が本当か一目で分かったしね』

「…ブン太…精市…」



ブン太と精市がニヤリと笑う。




――なんだ。


じゃあ最初から二人は…私の事を信じてくれてたの…?




『…フッ…ハハ、ハハハハハッ!!

『何笑ってんだよ?』



ブン太がそう問いかけると、ゆっくりと栗原さんの口が動いた。



『…あのさ…言ってなかったんだけど…実は私のお父さん、ここの理事長と親しい間柄なんだよね〜』

『だから?』

『私がお父さんに泣きつけば、テニス部なんてすぐに廃部に出来るんだよ?』



栗原さんは私達(特に私)を睨み付け、不適に笑う。

…考えまで小南愛理と一緒なんて、どんな教育受けてきたんだろうね?

財力で気に入らない人を潰すって言うのが、貴方達が親に教わってきた事なの?



「…じゃあ、泣きついてみなよ」



私は携帯電話を取り出して、栗原さんに突きつけた。

小南愛理にやった事が、また再現されている。

この後の結末は…分かり切った事。

最後に笑うのは、栗原さん…貴方じゃない。



『…後で後悔しても、知らないからね?』

「わかってるよ。後悔を今しても、後悔にはならないからね」



後悔は後で悔やむから後悔って言うんだよ?

尤も、私が悔やむことは無いけどね。



『馬鹿だよね、センパイって』



栗原さんは口端をつりあげて笑う。

そして番号を押して、携帯を耳に当てる。



『お父さん、私…。お願い、今すぐ学校に来て』



震えたか細い声を出しながら、栗原さんは電話の向こうの主にそう頼んだ。

父親にまで猫をかぶるのか、アンタは。



『うん、ごめんね…。ありがとう…』



二、三回会話を交わすと、彼女は電話を切った。

そして、



『10分もしない内に来ると思うから、覚悟しといてよね?』



そう言って、私達を嘲笑うかのように見下した目で見るのであった。

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