第7話 『それは違うよ、めぐみ』
『ちょっと…ヤバイんじゃないッスか!?』
赤也はキョロキョロ周りを見回してながら言う。
私はというと、自分でも不思議なくらい冷静で落ち着いていた。
「悲しい子だよね。権力だけでしか私達に勝てないなんて…」
私がそう呟くと、栗原さんが微かに反応した。
そして私の前に立つと、一発、ビンタをプレゼントされた。
『テメェ、何すんだよ!?』
ブン太が後ろから栗原さんの肩を掴む。
栗原さんはその手を振り払うと、私にこう言った。
『
アンタが私の幸せ全部壊したんじゃない!』
悔しそうに涙を流す彼女を、私は黙って見つめる。
私のしたことって…何なんだろう?
本当に、正しい事だったのかな?
ただ亜美を助ける事だけに必死で、周りのことが見えてなかった。
実際裏では小南愛理も…そして栗原さんも…悲しんでたわけなんだよね。
たくさん傷付けて、何もかも奪ったんだ…私は。
『権力で勝って何が悪いの!?アンタだって結局は暴力で勝とうとしたじゃない!愛理ちゃんにも…私にも!』
『何言ってんの!?優衣子は理由無しに手は出さないわよ!!』
亜美は私を庇うように、栗原さんと私の間に入ってきた。
亜美…折角庇ってくれたのに、ごめん。
栗原さんの言う通り、私は二人に暴力を振るった。
その事実は変わらない。
例えどんな理由があっても、暴力を振るうのは…いけないことなのに。
『アンタは…
人を不幸にする天才だよね』
――ガチャッ…
栗原さんがそう言ったその時、扉がゆっくりと開いた。
『それは違うよ、めぐみ』
声が発せられた方向を見て、私達はビックリした。
この三年間…忘れた事の無い人物…。
『三年ぶり…ね。みんなと会うのは』
小南愛理、彼女がそこに居た。
私達の視線は一気にそっちに向く。
『愛理ちゃん…どうして!?』
『めぐみ、私は不幸になったなんて思ってない』
『…どうゆう、事…?』
『この人達に出会わなかったら、私はきっと今でも最悪な道を歩んでた。だから…
もう私なんかの為に馬鹿な事をするのはやめて?』
『――ッ、愛理、ちゃ…』
栗原さんは止めどなく涙を溢れさせる。
姉妹のように慕っていた小南愛理に会えた喜び、それが一番大きいんだろう。
『内緒で居なくなって、寂しい思いさせちゃったよね…ごめん』
『……ッ…』
『けじめを付けたかったの。だから、一人で生きていけるようになるまで、誰にも頼らないって…そう決めてた。でも…私が居ない間に、まさかこんな事が起こってたなんて』
『愛理ちゃ…ごめっ…なさ…い…ッ』
栗原さんは小南愛理に抱き付く。
小南愛理はそんな彼女を優しく受け入れて、こう言った。
『…謝るのは、私にじゃないでしょ?』
『……あ…』
何かに気付いた彼女は、一度小南愛理から離れて、私達の方を向いた。
そして深々と頭を下げた。
『…酷いことして…
ごめんなさい…ッ!』
急に謝られた私達は、どう対処して良いのか困った。
私が精市の方を見ると精市は
『許すか許さないかは…優衣子次第だよ』
と、優しく笑った。
私次第…って言われても…。
「私は、謝られるような事はされてない。寧ろ…
私が謝らなければいけないの」
『…え…?』
「小南愛理、貴方にも」
『わ、私…?』
「たくさん傷付けた…貴方達の事」
身も、心も…。
他のことに、無関心だったばかりに。
『…私はね、
天罰を受けたの』
「…天罰…?」
『罪を犯したら罰を受けるのは当然の事。だから、あれは私にとって天罰だったの。それ以上でも以下でもないわ』
「小南、さん…」
私は初めてこの人の事を"さん"付けで呼んだ。
今まで何度か呼んだことはあっても、純粋な気持ちで彼女の名前を呼んだのは…これが初めてだった。
そしてその時、ふとある場面を思い出した。
『姫島、さん…?』
「何かしら?」
『あの、優衣子って呼んじゃ…駄目…かな?』
私が彼女に始めて名前を呼ばれた場面。
あの時は名前で呼ばれたくなくて断ったけど…今ならきっと…
『…姫島、さん。優衣子って呼んじゃ…駄目、かな?』
ちょうど今、思い出した場面にいた彼女が言った台詞を…
三年前、彼女が私に言った言葉を…
想像じゃない、本物の彼女に言われて、驚いた顔をする私。
その後私は冷静に彼女を見つめて、
「生憎、私は自分の名前が…――
大好きなの。良いに決まってるじゃない?」
そう言って笑った。
『初めて…だよね。私に笑いかけてくれたのは』
彼女も私に笑顔を向ける。
元々顔は可愛い方だったけど、今はあの頃の倍…ううん、十倍は可愛く見える。
どうやら、本当に改心したんだね。
『今お父さんが独立して会社始めてね、私はその仕事を手伝ってるの』
「そうなんだ。…ごめん、私が潰したんだよね…小南財閥…」
『ううん、きっとあのまま行ってても同じ結果になってた。それに、お金の有り難みってヤツを知ることが出来たから、それだけで良かったと思う』
『…愛理ちゃん、ちょっと待って。優衣子先輩が小南財閥を潰したって…』
『あら、知らないの?優衣子はあの姫島財閥の後継者なんだよ?』
「今はお父さんが指揮してるから、私はまだ後継者…なんだけどね」
『…嘘っ…。姫島財閥の…後継者…?』
『そう、だからめぐみが勝てるわけないんだよ。…権力でも、ね』
その言葉を聞いて、栗原さんは悔しそうな顔をしたけど、私を見ると優しく笑った。
『最初から、負けてたんだね…私』
そして脱力したようにそう言った。
『たまたま叔父さんの家に来てた私が、叔父さんに頼まれて代わりに此処に来たから良かったけど…、叔父さんが来てたら凄い事になってたよ?』
『私、もっと酷い目に遭ってたかもしれないんだね』
『まぁ、それも自業自得。悪いことをしたら、必ず天罰が下るんだからね』
『…そう、だよね…』
栗原さんは傷付いたトロフィーを見て、泣きそうな顔をした。
『私…みんなの努力…壊しちゃった…』
栗原さんがそう呟いたので、私は精市を見る。
相変わらず精市は笑っていた。
「せ、精市…?」
『トロフィーの事は、気にしなくても良いよ』
『…で、でもっ…』
『そんなもの、
また取れば良いんだから』
そう精市が言うと、みんなはニヤリと笑った。
『そうッスよ!トロフィーのひとつやふたつぐらい、簡単に手に入るんッスから!』
『壊したのが立海の物で良かったな、お前』
立海のヤング二人組は相変わらず精市の言葉に便乗する。
まぁ、声に出さないだけで、思ってる事はみんな同じなんだろうけど。
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