第7話 No one told me the truth.


『おはようございます、優衣子様』

「おはよう」

『昨日はいかがでしたか?』

「思った通り最悪な所だった」



そうですか、と言いながら私に鞄を渡す藤堂。

藤堂は昔から私の側にいてくれる執事。

お父様がいなくなっても、お母様が亡くなっても、この人だけはずっといてくれた。

マネージャーになる手続きも氷帝学園に入る手続きも、全てこの人がしてくれた。

私は本当に藤堂には感謝している。



『優衣子様の身に何かあっては心配です。あまり無理なされないように』

「心配しないで。私は大丈夫よ」



自分勝手に動いてしまったけれど、私は色々な人に迷惑をかけているんだね。

これだけ人に迷惑をかけたからには、後戻りはもう出来ない。

犠牲にしたものも…たくさんあった。

私が進むべき道はただひとつしかないの。



――ガチャ。



下駄箱を開ける私。




――靴がない。

誰なのかな?こんな幼稚なことをする馬鹿な人は。

でもまぁ、こんなことはお見通し。

藤堂に新しい靴を用意させておいて良かった。



『なあ、そこのお嬢さん?』

「………」

『おい、シカトかよ!』

「…うるさいわね」




――バシャッ!


振り向いた瞬間水をかけられた。

私は勿論、廊下までビショビショだ。



『その汚いお面、取ったらどうだよ?』

「貴方もその崩れたお顔、直した方がよろしいんじゃなくて?」



人の怒った顔ってなんて醜い。

私はそんな顔を見せない、絶対に。



『んだとお前!?』



――バンッ!


今度は水の入っていたバケツを私に向かって投げつけて来た。

私はそれを突き飛ばす。

それがまた男を挑発させたみたいで。



『テメェ…!!』



私に殴りかかろうとする。


男ごときに私は負けないよ?



『…っな!』



私は男の攻撃をスルッと躱し、背負い投げ。



『…うっ…!!』

「私、強いわよ?」



何分お嬢様と言う者は狙われ易いものでね。

小さい頃から武術を慣わされているの。



『お、覚えとけよ!』



そんな在り来たりな台詞を残し、男は逃げるように去った。

情けないね。

いい男がこんな女に負けるなんて。



「…嫌よ」



私はそう呟いた。

一人一人の顔をいちいち覚えろと?

そんなことしていたら切りがないから。


教室の中にも敵は待っているの。



「…冷た」



とりあえず用意していた着替えを出す。

流石に何着も制服を持ってくるわけにはいかないから、着替えはこれだけ。

ただでさえ荷物が重いのに余計な荷物を増やさなければいけないなんて。

思ったよりも面倒だなぁ。



――ガラ…


教室の戸を開けると、もう授業は始まっていた。

先生は私を見て驚く。



『どうしたんだ?ビショ濡れじゃないか?』



服は着替えていても髪の毛は濡れたまま。

驚くのも無理ないよね。

これでも結構拭き取ったつもりだけど。



「学校に来る途中に、少しトラブルがありまして」



あるわけがない。

車で移動しているのに。



『そ、そうか…。まぁ…座れ』



はい、と返事して私は自分の席に向かう。

見たところ…机や椅子には何もされていないようだ。

流石のコイツらもそんな馬鹿な事はしないのか?

と思って教科書を出そうとする。



――あぁ、そんな事はなかったようだね。


教科書はビリビリに破られていて、『死ね』『消えろ』『愛理が可哀想』等、下らない事が書いてあった。



『ククッ、どうしたんだよ?早く教科書開けよ』



隣の跡部景吾がそう言って笑う。


下らない、本当に下らない。

小学生の虐めじゃあるまいし、やり方が幼稚すぎる。



『じゃあ…さっそく姫島、この問題の答えを…』



この状況を把握していない先生は呑気に私を当てる。

教科書がないのに答えられる筈がない。

そう思っているのか、みんなはクスクス笑っている。


でも、残念だね?

私には黒板に書いてある情報だけで十分。




「No,I wasn't.No one told me the truth

(いいえ、誰も私に真実を教えてはくれなかった)」



私が答えると教室は静まりかえった。

そして暫しの時間が経ち、先生が口を開いた。



『…せ、正解…!いやぁ…ビックリした。発音は良いし質問の答えもパーフェクトだ!』

「ありがとうございます」



私は外国を飛び回って来たの。これくらいは容易い。


…あら。

さっきの笑顔はどうしたのかな?


みんなは物凄く気に入らない、と言う顔をしている。

勿論跡部景吾も例外ではない。

当てが外れたんだね、ごめんなさい?



No one told me the truth――



なんだかやけにこの英文が私の頭を駆け巡る。


誰も私に…真実を教えてはくれなかった…。



亜美…


貴方がどれだけ酷い事をされたかなんて、今となっては知ることが出来ない。




でも貴方が意識を取り戻したその時は


真実を、教えてね――

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