完璧な人間
これじゃ掃除が先だな…。
畜生、あっちの料理が出来るのを待つべきだったか…。
『チィーッス!』
そんな事を思っていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
(STAGE.22 -完璧な人間-)
厨房に赤也が入ってくる。
「赤也、お前何で…?」
『俺だけじゃねぇッスよ』
赤也の後ろを見てみれば、立海のメンバーが勢揃いしていた。
『にしても汚ねぇなぁ、此処』
「は、入ると汚れるぜ?」
『別に構わねぇよ。どうせ掃除するんだろぃ?』
丸井がアイドル級のウィンクを私にプレゼントする。
効いたぜ…そのウィンク。
「サンキュー、お前ら…」
『あーっ、明奈泣いてるんッスか!?』
「
泣いてねぇよ、ハゲ!」
『痛でっ…!』
私は溢れ出しそうになった涙をぐっと堪えて、赤也の頭をパシッと叩く。
あぁ、この感覚…懐かしい…。
転校したのなんてほんのちょっと前の話なのに、何だか色んな事がありすぎて…
こんな平凡な幸せを
忘れちまってたぜ…。
『まずは水で洗い流す作業だな』
「って言ってもなぁ、幸村。この水道水でチマチマやってても…かなり時間掛かるぜ?」
『ならホースを使えば良いんじゃないか』
「ホースなんて何処に…」
『
此処にあるでぇ!!』
声が聞こえて来たと同時に、厨房に水がまかれる。
金太が元気良く水をまいている後ろに、四天宝寺の奴らも大集合。
『意外と簡単に見つけられたわ』
『ご苦労』
白石と柳がそんな話をしていた。
柳はこの厨房が普段使われて無い事を予測して…コイツらに探させてくれたのか…?
みんな、ホントにサンキューな。
お返しにとびっきり美味しい料理を作ってやるぜ!
人数が人数なだけに、掃除はほんの10分程度で終わった。
『お、終わった…!』
しかし汚れは相当頑固だったらしく、みんなは相当疲れていた。
まぁ…食堂もくっついてるし、結構広いもんな、此処。
『明奈先輩、ホントに料理なんて作れるんッスか〜?』
「失礼な。私は小学3年の時にシェフから色んな料理を学んだんだっつの」
『へぇー。流石、VIPッスね』
そう言って口笛を吹く赤也。
仮にも中一までは優秀な子供だったんだ、私は。
「はいよっ、出来上がり!フランス・ニース風サラダ、トマトのファルシ、豚肉のフィレ・ミニョン、牛フィレ肉のトュルヌド、アサリのクラムチャウダー風スープ!」
『何だソレ!?』
今日の夕食は、私が二人目のシェフに習ったフランス料理。
我ながら上出来だ。
まだまだ腕は鈍ってねぇぜ。
『あー腹減った〜。とにかく食わせろぃ』
料理の量が半端無かったので、少し時間が掛かってしまった。
みんなは待ちくたびれた顔をして、私の料理を待っている。
「お待たせ。食って良いぜ」
『
ひゃっほー!いただきまーす♪』
丸井はよっぽど腹が減ってたらしく…がっついて料理を食べた。
『何だコレ、旨ぇ!!』
「だろ?愛情付きだ」
『ほまへやっぱひほひょうはまはっ「
食ってから喋れ」
私が厳しく突っ込むと、丸井は一度料理を奥に流し込む。
『ゴクンッ。お前やっぱりお嬢様だったんだな!』
「中一まではな」
そう、中一までは立派なお嬢様だった。
自分で言うのも何だけど、パーフェクト人間だったんだ。
成績優秀、テニスじゃ敵無し。
とにかく料理、武術、礼儀作法…全てにおいて完璧だった。
だけど、長女と言うそのプレッシャーに耐えられなかった。
私は全てを妹に押し付けて逃げたんだ。
妹は…優奈はそれを抱えて尚、アイツらと戦ってきたのに。
私はその間、何をしてた?
男共の頭に立って、暴れ回ってただけじゃねぇか。
"出来損ない"
人は私をそう呼ぶようになった。
『明奈先輩は食べないんッスか?』
上の空で居ると、赤也が私に問いかけてきた。
「私は要らないや。あんまお腹空いてねぇんだ」
とゆうか、お前らの優しさで胸がいっぱいなんだけどな。
そんな事言う柄じゃねぇから言わないけど。
『明奈が居れば夕食の心配はいらねぇな』
「当たり前だろ、ジャッカル!」
そう言ってみんなで笑い合っていたその時、
『明奈』
「え…っ」
急に誰か男の子が脳裏に浮かんだ。
誰…?
必死に思い出そうとするけど、靄が掛かって男の子の顔が出てこなかった。
『どうした?』
真田の図太い声が耳に入り、ハッとする。
「な、何でもねぇよ」
疲れてるのか…?
『ごちそうさん』
『めっちゃ旨かったわぁ!!』
食事を終えた彼らは、部屋へ移動する。
…筈だった。
『柳くん、ちょっと聞きたい事があるんやけど』
しかし、白石が柳にそう尋ねた事によって、みんなの動きが止まる。
『何だ?』
白石は暫く間を置き、ゆっくりとこう答えた。
『城崎翔子の事についてや――』
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