恋心


[慈郎side]



『ジロー先輩』




そう言って笑顔で近付いてくる優奈ちゃんを思い出した。

好きだったんだ。


ずっと、完全片道通行の恋をしてた――。
















(STAGE.26 -恋心-)















寝てる俺をいつも起こしに来てくれた優奈ちゃん。

今じゃその姿は無い。


俺が…頼りなかったから…。

俺じゃ優奈ちゃんの支えになってあげることが出来なかったんだ…。




『今日、跡部部長と喋れたんだ!』





毎日楽しそうに、跡部の事を話してたよね。

優奈ちゃんの目には、跡部しか映って無かった。




『ジロー先輩!』




でも…それでも良かった。

優奈ちゃんの笑顔が見れれば、それだけで一日頑張れた。




『優奈』

『景吾っ』




優奈ちゃんと跡部が付き合う事になって。

いつかはこうなる事を知ってたから…そこまでショックは無かった。

跡部が優奈ちゃんを守ってくれれば、そう思ったんだ。


でも…そうはいかなかった…。





――いつからだっけ?



気付いたら優奈ちゃんは孤立してた。

その時にはもう翔子ちゃんが居て…。




『そんな球も取られへんのか』





あの子の体はボロボロだった。

マネージャーじゃなくてプレイヤー、その立場を利用されて。

試合する度に傷付けられてた。

試合中の事故、優奈ちゃんの技量不足。

そう片付けられた。



俺は…見てられなかった。

好きな子が、大切な子が…仲間によって傷付けられてく姿を。




『ジロー。試合中だ、コートに入ってくんじゃねぇ』

「わざと体を狙ってるの?」

『アァン?プレイヤーとして、それも策略の一つだろ』

「でも…優奈ちゃんは女の子なんだよ!?」

『関係ねぇ。コートに立ってる以上、性別なんて関係ねぇんだよ』




本来は跡部が優奈ちゃんを守ってあげるべきだったんだ。

跡部だから、安心して優奈ちゃんを任せられたのに。




『そんな女、俺様の彼女でも何でもねぇよ』





裏切りにも近い行為。

跡部が…跡部じゃないように思えた。




『大丈夫だよ』




それが優奈ちゃんの口癖だった。

笑っているのに、笑えてなくて。

その姿を見る度に、自分を罵る俺が居た。






『ジロー先輩…ありがとう…――』




そして、涙を流す事も無く…優奈ちゃんは消えた。

"ありがとう"そんな言葉を残して。




まだ傷跡の残っているお腹を押さえる。



「ごめんね…」



誰も居ない部屋で、俺は声を押し殺して泣いた。


情けない。

好きな女の子さえも守れないなんて…。







『腐ってるよな。アンタも、テニス部も』




二週間ほど前、優奈ちゃんの姉だと名乗る人が来た。

顔は見たこと無かったけど、氷帝の制服を着てた。








――嬉しかったんだよ?俺



救世主が来た、そう思った。

この人なら、みんなを変えてくれるかもしれない。

本気で信じてた。



"俺は関係ない"。

その言葉を発する度に、どんだけ苦しい思いをしたか…。



忘れたくない。

無かった事にはしたくない。

だけどみんなの表情を見ると、反対のことを思ってる俺が居た。



怖いんだ、別人のようなみんなを見るのが。

そんなみんなを見るくらいなら、思い出さない方が良い。

振り返らない方が良かったのに…。



この合宿で君を見た瞬間、これは自分に与えられた罰だと思った。

忘れさせてはくれない。

忘れてはいけない。


まるで神様がそう語っているようだった。




『忘れないで…』




優奈ちゃん自身も、そう言っているような気がした。


俺は忘れない。

喜ぶ時も、悲しむ時も、同じ時を過ごした君を。



大好きだから――
















『――…ジロー先輩!』



翌朝、誰かが俺の名前を呼んでいる声がした。



『ジロー先輩、起きてください!』

!?

『キャッ…!』



勢い良く起き上がると、翔子ちゃんがビックリしていた。

なんだ…

優奈ちゃんかと思った。



『ホラ、行きますよっ』

「あ〜…うん…」

『早く行かないと、私が景吾に怒られるんですからね!』

「ごめんごめん〜…」



俺は半分寝ている状態で体を必死で動かし、着替えを始める。

なんか…いつも以上に体が怠い。



「ん〜…おはよ〜…」

『おいおい、しっかりしろよ。ジロー』



宍戸に背中を叩かれる。

いつもの宍戸だ…。



『明奈、水分くれぃっ』

『ハイハイ』



明奈ちゃんと丸井くんの会話が聞こえた。

それを聞いて宍戸の目は…鋭く変わった。



『アイツら…よく平然としてられんな』

「――…」



俺はチクチクと痛む心臓を押さえながら、その場から去った。




ねぇ、お願い。

みんなを元に戻して。


その為だったら、

俺は何でもするから…。




心の中で何回も何回も祈った。

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