憧れのヒト


悲鳴を駆け付けた奴らが、部屋に入ってくる。

絶対に負けるもんか。


お前らみたいな、卑怯な奴に…。
















(STAGE.33 -憧れのヒト-)













翔子っ!

『――…!』



まず部屋が近い氷帝軍団がゾロゾロと集い、そしてその騒ぎで青学の奴らが駆け付ける。

最終的に私は囲まれる形になってしまった。

無謀にも、たった独りで敵陣に乗り込んでしまったと言うわけだ。




『大丈夫か、翔子!』



私の手から城崎翔子が離される。



「何すんだよ!!」



城崎翔子は大事に男共に守られている。

自分の身も守れねぇくせに…優奈の事を馬鹿にしてんじゃねーよ…!



『何すんだはこっちの台詞だろ!?』

『ホンマや、警察呼ぶで?』



向日と忍足が私にそう言った。


警察でも何でも勝手に呼べよ。

今まで何度もお世話になって来たんだ。

今更警察なんて怖くねぇんだよ。



『またお前か、アーン?』

「跡部…ッ」



チクショー、腹が立つ。

どうしてお前は城崎翔子の味方なんてしてんだよ。


跡部景吾は、私の憧れだったのに…――。





『翔子を傷付けたら許さねぇって、分からないのか?』

「お前こそ…何でわかんねぇんだよ…」



何でこんなにも腹が立つのか。

何でこんなにも悔しいのか。

それは…



「いい加減…私の事思い出せよ!」



跡部景吾があの"跡部景吾"だと、気付いてしまったから。

コイツの中で、私は頭の片隅にも居ない存在かもしれない。

でも、私にとってお前は…

初恋の、相手だったんだよ。



『アァ?お前は北川優奈の姉だろうが』

「…ッ、もう良い」



無駄な事か…。

実際私だって試合をするまで気付かなかったんだ。

忘れていてもおかしな話ではない。


…でもな、



「随分と成り下がったよな、アンタ」



あの時の跡部は、こんな奴じゃなかった。

女相手にあんな…

あんな傷を付ける奴じゃなかった。





ちょい待ち



部屋から出て行こうとする私の手を掴む忍足。



「何だよ」

『翔子を襲っといて、謝りもナシかいな』

「私はソイツに殺されそうになったんだけど」



寧ろ、ビンタ一発で済んだんだから感謝して欲しいくらいだぜ。

言っておくけど、私がこの女に謝る要素なんてまるで無いんだからな。



『吐くならもっと面白い嘘つかんかい』

『そーだぜ!妄想は脳内でしとけってんだ』



忍足と向日が私にそう言う。

見事にこの女に騙されてるな、コイツら。

哀れすぎて苛立ちさえも忘れてしまう。



「…アンタ達も、妄想はいい加減にした方が良いぜ」

『あぁ!?』

美化し過ぎだろ、その女の事



私は忍足に掴まれた手を払う。

優奈を傷付けた汚い手で、気安く触んな。



『酷、い…。私は北川さんと仲良くしたいのに…ッ』

「………」



唖然、唖然、唖然。

とにかく唖然した。


仲良くしたいとか、どの口がそんな事をほざいてやがんだ…?

やべ、鳥肌が立ってきたぜ…。



『翔子、こんな事されてまでコイツと仲良うする必要あらへん』

『でもっ、優奈は酷い人だったけど…私の親友だったんだもんっ…』

『北川優奈の事はもう忘れなアカンで』

『駄、目…どうしても…無理なの…!』



城崎は涙をポロポロと流し始める。

私からしてはバレバレの猿芝居だけど、コイツらにとってはどうなんだ?

こんな程度の涙で信じてしまうのか?

馬鹿馬鹿しい。



「あのさ、もう行って良い?」

『はぁ…?』



その場の空気が凍り付いた。

みんなが白い目で私を見ている。


…なんかマズイ事言ったか…?




もう我慢ならねぇ…!



桃城が野次馬の中をかき分けて、私の前にやってくる。




『桃っ…!』

『だって大石先輩!コイツ本当に人間なんッスか!?』



人間ですけれども。

お前の目には私が人間以外の何に映ってんだよ。

っつか、何で私がそこまで言われなきゃなんねぇんだ。



『この子が可哀想だとは思わねーのかよ!?』

「可哀想?」

『お前と仲良くしたいって言ってんのに、そんな態度とる事ねぇだろ!!』



桃城は耳障りなくらい大声を出して私を怒鳴りつける。

お前がそこまでブチ切れてる理由がよくわからねぇんだけど。



「情けで友達になってやれ、とでも言うのかよ?」



私は桃城を思い切り睨み付けた。


残念だな。

生憎、悪魔と友達になれるほどの精神は身につけておりません。

一億円積まれたって無理な話だ。



『テメェ…!』

『桃っ、こんな奴と話すのは無駄だって』



菊丸が私と桃城の間に割って入る。



『此処まで最悪な奴、初めて見たにゃー』



菊丸が低めのトーンで放ったその言葉が、少し私の癇に触った。

何なんだよ、お前ら。

さっきから一方的に責めやがって。

挙げ句の果てには最悪な奴呼ばわりですか?

めちゃくちゃ不快なんですけど。



「最悪なのはアンタらの方だろ。女一人相手に、どんだけ人数が必要なんだよ?」



私は強気な態度で挑発する。

例えどんだけ敵が居たって、私には負けられない理由がある。

どんだけ責められたって、絶対に負けたくないんだよ。

コイツらだけは、絶対に…。



『お前が悪いんじゃねーか。俺達は何も悪いことはしてねぇよ』



桃城は未だに私の事を睨んでいる。


駄目だ、末期症状だな。

完全にこの女の掌で踊らされてやがる…。

この女と関わった奴らは、どうしてこうも歪んだ道を行くのだろう――?




「私のターゲットはその女なんだよ、テメェらじゃねぇ」



忍足の後ろに隠れて、醜い笑みを浮かべていた城崎を指差す。

そうだ、用があるのはコイツだけなのに。

何処で道草食ってんだよ、私は。



「そんな所で温々と隠れてねぇで来いよ!」



私が城崎の手を強引に引っ張ったその時、











――パシィィインッ…!







「!?」


頬に衝撃が走り、私は尻餅をついた。



『桃!?』

明奈先輩…ッ!!



大石が叫ぶと同時に、赤也が私の元へ駆け寄って来た。

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