記憶と記憶喪失


立海大附属・四天宝寺 vs 氷帝学園・青春学園。

そんな戦いが繰り広げられようとしていた。
















(STAGE.35 -記憶と記憶喪失-)














「幸村ァ!!お前マジでなんちゅー事を言い出したんだよ!?」

『何が?』

「何がじゃなくて、団体戦なんてそんな…!!」



いや、テニスで勝負ってのは良いことだとしても、結局私はコイツらを巻き込んじまったって事だよな!?

普通ならお前らは好敵手であったとしても、敵になるって事はねぇんだから…!



『あっちだって快く申し出を受けたんだから、良いじゃないか』

「け、けどさ…」

『明奈は何が気に入らないんだい?もしかして…俺達が負けるとでも?』

「へっ…!?い、いや…」



確かに今、そんな事が脳裏に過ぎった。

立海が負けるなんて…まさか、とは思うけど…。



『少しの間でも四天宝寺に通っていたのなら、彼らの実力だって分かってるだろ?』

「ま、まぁ…」



私は不安そうに返事をした。

不安そう…っつーか、不安なんだけどな。



『俺達は負けないよ。明奈の分も、背負ってるしね』

「ゆ、幸村…」

『一人でどうにも出来ない時は、人を頼るって言う選択肢もあると言うこと。忘れない方が良いよ』



幸村は少し微笑むと、軽く手を振って自分の部屋へと戻って行った。










『俺らチームメイトッスよ!?なのに何で……なんで一人で抱え込むんだよ…ッ!』







「………」



赤也と言い、幸村と言い…ホント、お人好しだよな。

私は密かに笑った。



今まで…心の何処かで、人に頼ったら負けって、そう思ってたのかもしれない。

完璧な私である為に、誰にも頼らない強い私である為に。


"出来損ない"


そんな言葉に恐れて、自分で自分を罵ってきた。

助けてくれる人なんて居ない、自分を守るのは自分。

そう信じて生きてきた。

だから、このデカイ壁にぶち当たった時、どうすれば良いか分からなかったんだ。

私一人の力じゃどうにもならない。

だったら、みんなの力を借りればいい。

私はプライドを捨てて、初めて人の力を借りてみる事にする。


みんなを、信じる事にするよ…――。











『明奈…』

「!謙也」



部屋の前に、寄りかかって立っている謙也が居た。

こんな時間に…何の用だろ?



「部屋、入れよ」

『いや…此処でええわ』



謙也がそう言うので、私は開けた戸をもう一度閉める。



「何だよ、柄にも無く深刻な顔してよ」

柄にも無くとか言うな。俺だってこんな顔出来るんや

「…それをアピールしたかっただけか?」

『んなわきゃ無いやろーが、ドアホ




鋭い突っ込みを入れる謙也に、一安心。

良かった、いつもの謙也だ。



『俺の片隅にある記憶引っ張り出して来たから、正確な事は覚えてへんねんけどな』

「?うん」

『確か跡部って…一回記憶失ってた気すんねん』

「…ハイ?



一体何を言い出すのやら。

跡部が記憶を失ってた?

だったら何で城崎の事とか優奈の事を覚えてんだよ。



『全てを忘れたんじゃ無くて、部分的やったよーな…そんな感じや』

オイ。そんな曖昧な言い方じゃなくて、もっとハッキリ言えよ」

『だから、俺も昔ユーシに聞いたのを無理矢理思い出してるから、正確な事は分からん言うてるやろ』

「それは…いつの話だよ?」

『いつやったっけな…。詳しい時期は覚えてへんけど、確実に言えるのはお前がこっちに来るよりかもっと前の話や』



謙也は眉間にシワを寄せながら、頭を押さえる。

記憶を失ったって言うのは…優奈が居るときの話か、居ない時の話か…。

敢えて推測してみるとしたら、多分…居ただろうな、優奈も。




「!じゃあ…」

『何や?』

「……いや、何でも無かった」

『なんやねん、ソレ』



もしかして跡部が私を忘れてるのも、記憶を失ったから…?

私はともかく、あの頭の良さそうな少年が私を忘れるなんて、おかしいと思ったんだよな。



『まぁとにかく、本格的に忘れんうちに話しとこ思て』

「結構危ないとこだったけどな」

『うるさい。これでも頑張った方や』



ハハッと笑った後、私が"ありがとう"と謙也に伝えると、謙也は微笑して私に背を向けた。

マジでサンキューな。

お前のおかげで、何だか全貌が掴めて来た気がするぜ。



『あ、せやっ、明奈』

「ん?」

『三日後の団体戦、俺らもお前の為に戦うから。…絶対負けへん』



謙也の強気な宣言に、驚きながらも、感謝の気持ちで一杯になった。

ホント、良い仲間に恵まれたよ…私。



「期待してるぜ」



そう返事をすると、謙也は再び私に背を向ける。

私も部屋に入り、電気を付ける。



「三日後の団体戦…」



三日後って確か、合宿最後の日だよな。

最後まで引っ張るところが、お前ららしいぜ。



っつーか、合宿もあと残り三日か。

私は完全燃焼して、帰れるんだろうか…。







『北川家の恥曝し』

『もう二度と家へ帰ってくるな』





ごめんな、お父さん…お母さん。

この合宿が終わって、優奈の事が解決したら…

もう関わらないから。


だから、今だけは北川の娘として。

北川明奈として、戦いたい。



この合宿で、何かが変わる気がするんだ。


それは良い方向か悪い方向か

全く分からないけど…


大切な仲間と一緒なら

何だって乗り越えられそうな…

そんな気すらしてるんだ。


いつから私、こんなにアイツらの事

好きになったんだろう…――



私はそんな事を考えながら、静かに眠りについた。

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