不快な気持ち


[跡部side]



『景吾、大丈夫?』

「ああ…」



頭を抱える俺を、翔子が心配そうに見ていた。
















(STAGE.36 -不快な気持ち-)













特に頭が痛いってわけじゃない。

ただ、頭の中にあるモヤモヤした物体が不快だった。




『お前こそ…何でわかんねぇんだよ…』




あの女は誰だ?


北川優奈の姉じゃないのか?


俺は、何かを忘れている…?



いくら必死に自問自答を繰り返してみても、満足する結果には至らない。

さっきからその繰り返しで、いい加減苛立ちを覚えるくらいだった。


気にする程の事でも無いのに、何故こんなにもあの女を気にしてしまうのか。

自分でも分からない。

ただ…




『いい加減…私の事思い出せよ!』




あの女が俺に訴えるあの目が、あまりにも真剣だったから。

本当に自分が何かを忘れている気さえなってしまう。


俺の頭から一時も離れてはくれない。

最近の俺は、ずっとアイツを気にしている。


何故だ…?













『――…、景吾!』

「!」



翔子に名前を呼ばれ、我に返る。



『最近なんかおかしいよ?どうしたの?』

「いや…」



あの女が現れてから、俺の頭は余裕が無くなった。

考えれば考える程、分からなくなる。

何故俺が、ここまで北川優奈を恨んでいるか

何故俺が、翔子と付き合っているのか

何故俺が、北川明奈を嫌っているのかも

全部、分からなくなってしまう。




『あんま思い詰めん方がええんちゃう?』



忍足が、俺の前にドカッと座る。



「別に…思い詰めてなんかねぇよ」

『ほな、何を考えてたんや?』



こんな不快な感情に出会った事はなくて。

この気分を晴らす事が出来るのは、俺自身じゃない。


保証は無いが、あの女なら…



「北川明奈…不思議な奴だ」

『!……』



北川明奈なら、俺のわだかまったモヤを晴らす事が出来るかもしれない。

不思議とそう思ってしまうのだ。



『北川明奈を…気に入ってるんか?』

「………」



忍足の問い掛けに、イエスとも、ノーとも答えることが出来なかった。

俺は北川明奈の事を嫌っている。

理由はよく分からないが、きっと北川優奈の姉だからだろう。

原点から戻ると、北川優奈を嫌っている理由すら分からないが…。

とりあえず俺は北川明奈が嫌いだ。

しかし、嫌いな奴の事を此処まで考えてしまう性格じゃないのは俺自身がよく分かっている事。

俺は一体…どっちなんだ…?



『まったく…ホンマ跡部は正直者やなぁ』

「アァ?」

『そこは普通ウソでも"違う"って答えるべきやろ』



そう言うと、忍足はラケットを俺に渡す。



『打ちに行かへん?』

「こんな時間にか?」

『ええやん。たまには男同士、夜明けまで語り明かそうや』

「………」



その表現には少し躊躇ったが、どうも今日は体がウズウズして仕方がない。

たまにはこうゆうのも悪くねぇか。

俺は忍足からラケットを受け取ると、ソファーから立ち上がった。



『翔子、ちょっと行ってくるわ』

『あ、うんっ…』



忍足は翔子にそう告げ、静かにドアを閉めた。















――パコォォン、パコォォン



俺達の打つ球が、夜中のコートに響き渡る。

数十分打ち合った後、俺達はベンチで休憩に入った。



『なんや、元気有り余ってるやん』

「バーカ。持て余してるくらいだぜ」



ドリンクを喉に流し込みながら、俺達はそんな会話を交わしていた。



『なぁ、跡部』

「何だよ」

『お前…ホンマに北川明奈の事知ってるんか?』

「………」



急に忍足がこんな質問をしてきた。

北川明奈の事を知ってるか?

そんな事、俺が知りたいぜ。



『跡部』

「…わからねぇ」

『え?』

「分からない事が多すぎて…嫌んなるぜ、まったく」



俺は前髪をかき上げる。

一体いつからこんな気持ちになったんだろうか?

合宿から…


――いや、違う。


もっと前から、消えないモヤが俺の頭の中を支配している。



「クソッ…」



持っていたタオルを、地面に投げ付けた。

こんな事で悩むなんて、らしくねぇ。

とにかく今は、合宿の経過を見守るしか術はねぇだろ。



『ご機嫌斜めか?』



忍足は、俺が投げ付けたタオルを拾い上げ、俺に渡す。



「…ハッ、なんだかな。良いとは言えねぇぜ」



俺はそれを奪うように受け取り、小さな溜息をひとつ。

平然として居たいのに。

これ程余裕の無い俺は俺じゃない。



『……、お前の機嫌を取り戻せるかはわからへんけど、確実に言える事がある』

「何だよ?期待せずに聞いてやるから、言ってみろ」



いつもの忍足の冗談かと思って、俺は軽く流すように答えた。

しかし俺の予想とは違い、返ってきた忍足の返事は、いつもより低めのトーンで重みが溢れていた。



『お前は、北川優奈の事が好きやったんや』

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