新しい氷帝


今、頭に一筋の衝撃が走った。

理由なんざ分からねぇ。

ただ…忍足の一言を聞いた瞬間、俺の頭が騒ぎ出した。














(STAGE.37 -新しい氷帝-)













「冗談だろ…?」



俺は驚きを隠せない様子で、忍足の目をジッと見つめる。



『嘘でも冗談でも無い。確かにお前は北川優奈の事が好きやった』



俺の質問に答える忍足の目は、冗談を言っている様子も無く。

動揺を隠しきれなかった。



「俺は…北川優奈の事を憎んでいる筈だ」

『…そうかもしれへんな。せやけど、それはホンマにお前が北川優奈を好きやったからや』



何を言ってやがるんだ…。

好きだったから憎んでいる…?

矛盾も良いところだぜ。



「北川優奈を好きだったのなら、何故俺は翔子と付き合ってんだよ?」

『…そこや、問題は』

「アーン…?」

『跡部の中でも何か引っかかる事があるように、俺の中でも引っかかるもんがあった』



忍足は先程の俺と同じように、頭を抱える。

チラッと見える忍足の目は真剣で、思わず息を飲んだ。



『もしかしたら翔子は…』



そこまで言ったところで、忍足は口を閉ざした。

"仲間を想う気持ち"

それが忍足の口を開かせない原因なんだろう、と。

直感的にそう感じてしまった。




『優奈は…私の事が嫌いなんです』




「――ッ…!?」



突然頭にある情景が浮かんできた。

何か…思い出したような気がする。


ちょっと待て。


思い出した…?



「まさか…」

『跡部…?どないしたんや?』



身に覚えが無いことが多すぎるとは思っていた。

今さっき忍足に聞かされた話も、半信半疑だった。

だが、もしも俺が…全てを忘れていたとしたら…?

俺は…もしかして…



「記憶、喪失…?」

『え…?』

「忍足…俺は、記憶を失っている…のか…?」



確信は無かった。

しかし忍足の反応が、全てを物語っていた。

記憶喪失なんて…俺には無関係なことだと思っていた。

俺は一体、いつの記憶を無くしているのか…。

その記憶の中に、北川明奈は存在するのだろうか…。


真実を、知りたくなった。



『跡部、確かにお前は一部記憶を無くしてる』

「忍足…」

『でもな。そんな記憶は、取り戻さんで良い』



言い返そうと思った。

ふざけるな、と…怒鳴ってやろうと思った。

しかし、コイツの物悲しげな眼を見ると、出来なかった。

失った記憶は、どれほど忍足を苦しめたのだろう…?

そんな問いがフッと頭の中に現れた。



『お前が記憶を失ったのは、俺にとっても、氷帝の奴らにとっても、好都合やったんかもしれへん』

「好都合…?」

『新しい氷帝を築き上げる為の、絶好のチャンス』



忍足は笑った。

勿論、心の底からの笑顔では無いと言うことは、俺でなくとも読み取れるだろう。


新しい氷帝…。


確かに、今がその新しい氷帝になったと言うのならば、俺が記憶喪失に陥った直後は唯一氷帝が新しい氷帝に変わるチャンスだったのかもしれねぇな。

だが、俺は許さねぇ。

氷帝の支配者は俺だ。

氷帝を指揮しているのは俺様だ。

俺様の許可無しに、それも記憶も全て失っている状態で、新しい氷帝を築き上げるだと?

そんなこと、許せる筈がねぇだろ。



「忍足、よく聞け」

『……なんや?』

新しい氷帝なんて存在しねぇんだよ



今、この瞬間。

氷帝が纏まってるとは思えねぇ。

北川優奈が欠けている時点で、丸く収まってるわけねぇんだよ。



「もしお前が新しい氷帝を望むならば、今すぐ解散だ。俺はそんな氷帝は認めねぇ」

『ちょ…本気で言うてるんか?』

「お前が本当の事を言わなければ、テニス部は今すぐ廃部にする」



勿論、そんなことは俺には容易いこと。

俺が手段を選ばない人間だと言うのは、長年付き合ってきた忍足の方がよく分かっているだろう。



『……わかった、全部話す』

「それで良い」



テニス部を廃部にする、そんなことは出来たとしてもやらねぇよ。

俺の役目は、俺が記憶を無くす前の氷帝テニス部に戻すこと。

それだけだ。



『やっぱり、真実から逃げたらアカンってことか』

「アーン?逃げなんて、弱者がすることだろ」

『…違いない、な』



忍足はテニスコートの方に目を釘付けにする。



『せやな、お前には話すべきやとは思ってた』



そしてフッと息を漏らすと、その目を俺の方へ移して、話し始めた。



『跡部と北川優奈は、恋人同士やった』

「………」



忍足が告白する話の出だしが強烈過ぎて、俺は言葉を失った。

北川優奈を好きだった事はさっき聞いたが…。

まさか付き合ってたとはな…。



『その反応を見る限り…知らんかったようやな』

「当たり前だろ、記憶を失ったってさっきから何度も言ってんだろうが」

『やったら、何で北川優奈の事を知ってるんや?』

「それは…アイツが翔子に…」



って、待てよ…。

もし俺が翔子に北川優奈の事を吹き込まれて無かったら…俺はアイツの事を、知らなかったかもしれない。

気が付いた時には、北川優奈は罪悪感に満ちた顔をしていて。

俺に関わってくることは無かった。

確か、北川優奈は部活を辞めようとしていた。

それを引き止めたのは…



「…翔子…」

『そうや、跡部。全部…翔子が仕組んだ事なんかもしれへん』



頭が…割れそうだ。

一体、どうなっている…?



『あの場所で、翔子が見てる場所では…話されへんかった』

「北川優奈に関する全ての事は、翔子が関係していた…?」

『そうや。今から聞くことは、翔子には…絶対に秘密にして欲しい』



そう言って忍足は、全てを俺に打ち明け始めた…――。


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