知られざる欺瞞


[跡部side]



『優奈!』

「!っと…!」


倒れそうになった優奈を、俺は受け止めた。

北川優奈…俺の好きだった、女…。
















(STAGE.45 -知られざる欺瞞-)














『そうや。今から聞くことは、翔子には…絶対に秘密にして欲しい』




あの日、忍足が俺に全てを告げた。




『翔子は最初から、こうなることを予測してたのかもしれへん』

「予測していた?」

『跡部が記憶を失った時、それを跡部に秘密にしておくよう言い出したのは…翔子なんや』






翔子は俺に"優奈に嫌われている"と言ってきた。

部長として、マネージャーの問題は何とか片付けておきたかった。

だから俺は翔子と優奈の問題に介入した。

だが、そこから…翔子の計画は始まっていたんだろう――。


























『翔子とお前は急激に近付いて行った。けど…不思議に思いつつも、そのことに口出しする奴は誰もおらんかった』

「急激に、だと?翔子と俺は恋人同士だったんだろ?」

『何を言うとるんや?そんなワケないやろ』

「何だと…?」



俺が二人の問題に介入したのは、部長として部が荒れるのは避けたかったから。

そう言う理由もあったが、何より翔子の彼氏として、翔子を何とかしてやりたいと思った。

だから北川優奈に話し掛けた。

それなのに、俺とアイツが恋人同士では無かったとなると…話が違うじゃねぇか。



『何処でそんな勘違いしたんや?』

「アァン?んなの、翔子がそう言ったからに決まって……」



そこで俺はハッとした。



「翔子…、か」



なるほど、な。

だから翔子は、俺様が記憶喪失になった事を秘密にしたかったってわけか。

見事に術中にハマってやがったぜ。



『なんや、色々と繋がって来たわ』

「あぁ、俺もだ」



忍足は苦笑いを俺に向けた。



『アイツはな、途中から入って来た事に不安を感じてたんや。だから信じたらなアカン思た』

「そんな必要はねぇ。真実を知っちまったからには、アイツはもうテニス部には置けねぇよ」

『そう、やな…』

「?」



物悲しげな忍足の目が、下を向いていた。

これでようやく全てを理解出来たと言うのに、他に何の不安があるって言うんだよ?



「どうかしたのか?」



堪らず、俺は忍足に尋ねた。



『いや…まぁ…』



曖昧な返事をする忍足。

少し苛立ちを覚えた。



「何だ?言ってみろよ」

『優奈が、な…』



優奈…

北川優奈のことか。


アイツは今、どうなっているのだろう…。



『俺達が翔子を信じる事に必死やったあまりに、優奈を傷付けてしもた。アイツは長年付き合ってきた大切なマネージャーやったのに…』

「………」



正直、北川優奈の事はよく覚えていない。

覚えているのは、アイツを罵った言葉ばかりだ。

もし北川優奈が何も悪くないとしたら…無実だったとしたら…


俺達は、取り返しの付かない事をしてしまった…――?























あの日から今日まで、ずっと…優奈の心情を考えた。

考える度に、自分達がやってしまった事の重さに悔やんでしまう。

記憶さえ失っていなければ、正しい道を選べた筈だったのに。

繰り返し繰り返し、そう思った。



『――ッ…』



優奈が眩しそうにソッと目を開ける。



「起きたか?」

『!…っあ』



急いで体を起こす優奈。

脅えている様子が無いとは言えないが、震える素振りも見せず、真っ直ぐに俺の目を見る。



『お…お姉ちゃんは…?』

「この上の部屋で寝ている。そこに他の奴らも集まっている筈だ」

『そう…ですか』



個室は最上級に広い場所を用意した。

あれぐらいの人数なら全員収まるだろう。

忍足のコネが無ければ、あの個室を確保するのは難しかった。

アイツもたまには役に立つじゃねぇか。



『………』



優奈が気まずそうに俯いた。



「…何故この部屋に、俺とお前しか居ないか分かるか?」



そんな優奈に、少しばかり意地悪な質問をする。



『…分からない、です……』



当然優奈は困っていた。

コイツは、どうしてこんなに余所余所しい態度で俺と接するのだろうか。

仮にも俺達は、付き合っていた筈だろうに。


色々な思いを感じながら、俺は答えた。



「俺が、お前と二人で話をしたかったからだ」

『…え?』



優奈の目が微かに揺れた。

きっと動揺でもしたんだろう。

そのあからさまな表情…確かに北川明奈と似てるぜ。



『記憶…戻った、の?』



優奈が控えめに尋ねる。

よく考えれば、コイツとまともに話すのは…随分久しぶりだな。



「残念ながら…全く思い出せねぇ」

『そ、か…』



気まずい雰囲気が俺達の周りに漂っていた。

言いたい事はたくさんある筈なのに、第一声を切り出す勇気が無い。

どう言葉を交わせば良いのか、分からなくなっていた。



『あの…お、お姉ちゃん………』



優奈は言いかけた口を閉じる。

遠慮しているのか、それとも発言を止めたのか。

どちらかは分からなかったが、言いたい事は大体理解できた。



「北川明奈と会いたいのか?」



俺が問い掛けると、優奈は小さく頷く。



「なら、付いて来い。案内してやる」



そう言って立ち上がり、病室を出て行く俺。

急いでベッドから出て、俺の後を付いて来る優奈。

その光景に、何だか懐かしさを感じた。


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