今までのこと
「病室に入る前にひとつ…」
病室の前に着くと、自然と足が止まった。
俺は優奈に言わなければいけないことがある。
俺の脳が本能的に、そう悟ったのかもしれない。
(STAGE.46 -今までのこと-)
「プレイヤーとして、それも策略の一つだろ」
「コートに立ってる以上、性別なんて関係ねぇんだよ」
「そんな女、俺様の彼女でも何でもねぇよ」
どうしてあそこまで狂えたのか…。
いくら何でも酷すぎだ、今ならそう思えるのに。
あの時は完全にストッパーが外れていた。
"北川優奈が憎い"
ただそれだけの感情で動いていた。
俺の、人生最大の失態。
「優奈…俺は、お前に酷い事をした」
『…景……跡部、部長……』
俺が記憶を無くす前の優奈の記憶は、正直皆無に等しい。
だから、コイツの顔をハッキリと見たのは、もしかすると今が初めてなのかもしれない。
「本当に申し訳なかっ」
『
待ってっ…!!』
優奈は俺の手を強く握った。
そして、目に涙を浮かべながら、一直線に俺の目を見る。
吸い込まれそうな、綺麗な灰色の目。
『Yes,of course!』
「
!?」
なんだ…今のは…。
何か、思い出しかけた…。
『部長っ!』
「――…!」
俺の体の奥底に眠っている記憶が、
今、確かに反応した。
けれど、それはほんの一瞬の事だった。
「くそっ…」
なんだ、このモヤモヤした感じは…。
後もう少しだって言うのに、答えはすぐそこにまで迫っているのに…最後の最後で留まって出てこようとしやがらねぇ。
『だ、大丈夫…ですか…?』
「あぁ…」
チクショー、イライラするぜ。
『あの…ぶ、部長…謝るのは、私の方なんです』
「?どうゆう事だ…?」
苛立ちを隠しきれず、若干優奈を睨んでしまう。
優奈は少し怖がっていたが、軽く深呼吸をしてこう言った。
『私が、白石くんの事を好きになってしまったの』
「…!!」
この言葉を聞いた瞬間…
散らばっていた記憶達が、俺の頭の中に集結した。
「思い、出した…」
『え…?』
「フッ…ハハ…ハハハ…」
ここまで長い月日をかけて思い出した記憶。
それは本当にちっぽけなもので。
思わず笑みが溢れ出す。
「どうかしてるぜ」
記憶が戻れば、全てに納得出来ると思っていた。
俺が優奈をあんなにも憎んでいた理由。
テニス部がバラバラになった理由。
全て…――。
「…許せなかった…お前が…」
『…ごめん、なさい……』
「だがそれ以上に、俺は…お前が好きだった」
『――ッ…』
好きと嫌いは紙一重とはよく言ったもんだが…。
ここまで我を見失うとは思ってもみなかった。
あの時の俺は、駄々をこねているガキだった。
「何も考えられていなかった」
『え…?』
「お前が白石を好きだと言うことは、薄々気付いていた。ただそれをお前の口から聞いて、俺は尋常でない程…お前に憎しみを感じた」
俺はこんなにも想っているのに、アイツが選んだのは他の男…。
そしてそのちっぽけなプライドが、俺の記憶を封印した。
「だが、俺は自分の事ばかりで、お前のことを何も考えられていなかった」
『違う…!あれは私が悪かったの!』
「いや、お前は隠していたが…俺は気付いていた。お前が時々付けて帰ってくる傷跡に」
『――…!』
俺のファンを名乗る奴には、ろくな者が居ない。
特にターゲットが女となると、恐ろしい団結力を発揮する。
『ごめん…なさい…。私は、景吾に相応しい女にはなれなかった…ッ』
優奈はそんな俺との付き合いに疲れ、その時癒しとなったのが白石…と言うわけか。
今考えてみれば、優奈を守りきれなかった俺の責任。
最初から全ての原因は、俺だった。
「不安にさせて悪かったな」
『ううん…』
「今度は、大事にして貰えよ」
『うん……。いや、ううん…』
目いっぱいに溜めた涙を手で拭うと、優奈は笑った。
「私は十分大事にして貰ったよ、ありがとう」
そう言ってまた、目を真っ赤にさせていた。
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