二人の過去



『忘れてても良いじゃん。…行きなよ』



越前は、俺と明奈の関係を気付いていたのか。

それとも、この雑誌を見せて確かめるつもりだったのか。



「…お前…いつから…」



どちらにしても、いけ好かない野郎だ。
















(STAGE.48 -二人の過去-)













『この雑誌見て…イギリスで期待のちびっ子、もう一人思い出したんだよね』

「…俺、か…」

『そ。雑誌見てる限り、二人は別の部門で優勝してたから…戦うことは無かったみたいだけど』



その通り…俺は男子の部、明奈は女子の部で優勝していた。

だから戦う事は無かった。

だが、俺達はお互いの事を意識し合っていた。



『景吾!!』

「明奈」



明奈はアグレッシブな少女だったからな…直ぐに俺に接触を求めてきた。

勿論、俺が拒む理由なんざ無かった。


そして…男子も女子も混合して戦える、イギリスのJr.チャンピォンを決める大会が開かれる事になった。

俺達は心を躍らせた。

やっと試合が出来る、そう思ってな。



しかし…

明奈はその大会の前日に、日本に帰る事になった。

親の仕事の都合らしい。

当然一人で残る事は出来ない、明奈も一緒に日本に帰ってしまう。



だから俺達は約束したんだ。






「Will you play a game with me sometime?(いつか試合をしよう)」

『Yes,of course!(もちろん!)』









『でも、忘れてたんでしょ?』

「記憶がイッちまってたからな」



だが、まさかあんな形で約束が果たされるとは…。

不思議なものだ。



『持って行きなよ』

「フッ、まさかお前に背中を押されるとはな」

『要らないの?』

「…有り難く受け取っておくぜ」



越前から雑誌を受け取り、俺は明奈の病室に向かった――。


















『誰だ?』



病室を開けて一言目がこれだ。



「俺だ」

『あぁ…』



特に警戒するわけでもなく、目線を窓の外に向けたのは、意外だった。

コイツの性格を考えると、睨みの一つや二つ、飛んできそうだがな。



「他の奴らは何処に行った?」

『…私が、一人にして欲しいって言ったんだ』

「何故だ?」



明奈が振り向く。

そこに、以前の様な勝ち気な目は無かった。



『頭が…混乱してる』



完全に、弱っている。

こんなコイツの目を見たのは初めてだ。



「申し訳ねぇが…更に混乱させるぜ」

『…?』



そう言って俺は、越前から借りた雑誌を明奈に渡す。

俺の、賭けだ。

忘れていた俺が、思い出してくれと願うのは厚かましい話だが…。

願わずには居られない。


明奈も、こんな気持ちだったのか?



「小さい頃、俺はイギリスに住んでいた」


『………』


「その頃からテニスをしていてな…ある少女と出会った」


『………』


「そいつの事は前々から気になっていた。テニスは勿論だが…その少女が放つオーラに、俺は段々惹かれて行った」



明奈には何の反応も無い。

しかし、俺は続けた。




「彼女が持つ明るさ、笑顔…彼女の全てが、愛しかった。だが…俺の初恋は実らなかった」



『…………』



「最近、その少女に久々に会った。あの頃と何も変わっていなかった。ただ一つを除いて…な」





そう。あの頃の明奈とは決定的に違う、違和感を感じた。







「本気で、笑わなくなったのは…何故だ?明奈…」


『……ッ…』




月明かりに浮かぶ明奈の顔には、涙が一筋、二筋…頬を伝っていた。






『なんでだよ…』




明奈は悔しそうに、悲しそうに、雑誌を握り締める。

その上には、ポタポタと染みが出来ていた。



『なんで…今、このタイミングで…思い出すんだよ…ッ…!』

「明奈…」



俺は全力で明奈を抱き締めた。

普段は絶対に見せないコイツの弱いところが、愛しくて堪らない。



『忘れてねぇよ…お前も…優奈も…ッ』



明奈もまた、俺を強く抱き締める。



『私は…大切な人を守りたかった…』



自分のせいで、大切な妹が狙われ、傷付けられる。

明奈はそれが、悔しくて堪らなかったのだろう。



『忘れられるわけ、ねぇよ……くそぉ…ッ…!』

「お前が全部背負う必要はねぇだろうが」

『私が…アイツを挑発した…。私が原因だ…』

「違う!」



元はと言えば、俺達が間違いを犯した。

優奈を傷付け、その復讐で明奈がやってきた。


最初から悪かったのは、俺達じゃねぇか…。




『優奈は…もう私と関わらない方が良い…。今回の誘拐も、私と関わってなければ起きなかった…』

「だから…記憶喪失のフリをしたってわけか」



明奈は小さく頷いた。



『私はいつも…あの子を守ってあげられない…ダメな姉ちゃん、なんだよ…』

それは違うよ!!お姉ちゃん!!!



ガラッ、と大きな音を立てて扉が開いたかと思うと、優奈が乱入してきた。

そして、その後ろにはギャラリーの姿が…。


やれやれ…悪趣味な奴らだぜ。



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