本当の笑顔
[明奈side]
ベッドに駆け寄り、私の目を真っ直ぐに見つめる優奈。
自分も持っていると言うのに、この灰色の目が怖くて。
私は優奈の目をまともに見ることが出来なかった。
(STAGE.49 -本当の笑顔-)
『いつもいつもお姉ちゃんを巻き込んでるのは私なの…!』
「違う…」
『違うことないんだよ!!お姉ちゃん…』
優奈が私の手を強く握る。
とても暖かくて、思わずその手を握り返した。
この日を…どんだけ待ち望んだか。
アンタが記憶を取り戻す事を…私はどんだけ願ったか。
「優奈…」
『お姉ちゃん…関わらない方が良いなんて、悲しいこと言わないで。やっとお姉ちゃんに会えたのに、やっと自分を取り戻したのに…また離ればなれになっちゃうなんて、いやだよ…』
自然と手に力が入る。
私は…この子の姉でいて良いのか…。
一番辛い時に側に居てあげることが出来なかった私が、この子を危険な目に遭わすことしか出来ない私が…姉と名乗る資格はあるのか…。
優奈が記憶を失ってから、頭の中はそればかりだった。
「私は…アンタのこと、救ってあげられなかった…」
『お姉ちゃん。お姉ちゃんは…何か勘違いをしてるよ』
「え…?」
『誘拐された時、助けてくれたのは誰?孤独な私を、暖かい手で抱き締めてくれたのは誰…?そして、今…全てを失った暗闇から救い上げてくれてるのは、いったい…誰?』
「……!…」
『全部…お姉ちゃん、なんだよ…。お姉ちゃんは私にとって、自慢で、無敵で、掛け替えのないお姉ちゃん、なんだよ…』
「
優奈…ッ…」
きっと言葉よりも先に…優奈を抱き締めた。
私は、少しでも…お姉ちゃんらしいこと、出来たのかな…――?
「私、優奈のこと信じてた。絶対アンタなら、思い出してくれるって…」
『…当たり前、だよ…』
今までにない最高の笑顔で、優奈は笑った。
それに釣られて、私も笑った。
『そう、それだ…』
ボソッと、跡部の呟く声が聞こえた。
『やっと取り戻したな、お前も』
「跡部…」
“本気で、笑わなくなったのは…何故だ?”
――いつから…だったかな。
自然に笑えなくなってる私が居た。
越前が見せてきたあの雑誌に載ってるような、純粋で、心の底から沸き上がるような笑顔は…段々私の中から消えていった。
『跡取りは…楽じゃねぇからな』
「あぁ?」
何故ここで“跡取り”と言う単語が跡部の口から出たのかは分からないけど、私は多分…この単語が一番嫌いだ。
北川家には、幸か不幸か、男が産まれなかった。
勿論、後継者は同じ血を引き継ぎ、尚且つ年上の…私が有力だった。
私はこの家が…北川財閥が大嫌いだった。
サッカーがしたい、野球がしたい、テニスがしたい。
そんな私の願いは、全て母親の“駄目です”の一言によって崩れ去る。
唯一許されたテニスも、稽古に出るという交換条件付き。
窮屈で退屈で、自分を押し殺すような生活…。
全部がいやになった。
『北川家の恥曝し』
『もう二度と家へ帰ってくるな』
そして私は、あの家から逃げ出したんだ。
自分の妹に、全てを押し付けて…――。
『お姉ちゃんは…きっと私以上に、北川財閥のことを考えてくれてたよね』
「………何言ってんだよ、私は逃げ出したんだぜ?」
『逃げ出したけど…ううん、逃げ出したからこそ、お姉ちゃんはずっと後ろめたい気持ちを持ってた。私に…罪悪感を持ってたよね』
私がこんながさつな女だった為に、大好きな妹は苦労しなければならなかった。
逃げ出した筈なのに、何だか以前よりも大きい責任がのし掛かってきたみたいだった。
『でもね、血は繋がってても私…お姉ちゃんとはやっぱり違う人種なんだ』
優奈は私に上品な笑顔を向ける。
『私は、お稽古とか全然苦じゃなかったよ。北川財閥の跡取りは、凄くプレッシャーではあるけど、不思議と嫌じゃないの』
「優奈…」
『だから、お姉ちゃんは安心して私に跡取りを任せて』
大人しい顔して、私よりも度胸のある女の子。
優奈は立派に成長していた。
『
いや、まぁ…違う人種やっちゅーのは見れば分かるよなぁ?』
『謙也さん声でっかいですわ』
『財前、ココは突っ込み入れるとこやろ。男女明奈とあの令嬢が同じ人種に見えるか?』
『うっさいわ、ケンヤ。黙って見ときぃ』
『ユウシ、お前誰にうるさいとか抜かしとるんや!』
病室の外で、外野が騒いでいる。
アイツはそろそろ私のスペシャル突っ込みで黙らさないといけないな…。
「
謙也!突っ込み入れて欲しいとこ言ってみろ。私が全力で突っ込んでやる」
『
いやいやいや、遠慮しとくわ!骨砕けるがな!』
謙也は財前の後ろに隠れた。
お前にはプライドってもんがねぇのか、謙也…。
『お前ら…そんなところで固まってねぇで、入って来いよ』
と、跡部。
ここ一応私の病室なんですけど。
『あ、もうラブシーンは終わりッスか?』
「
……なっ…!?」
赤也に言われて思い出した。
私、跡部に思いっきり抱き締められてなかったか…?
思い出すと、次第に恥ずかしくなった。
『そうだ、お前らに言っておくぜ』
跡部が私の肩に手を置く。
なんか、嫌な予感がした…。
『コイツは俺様の女だ。手を出した奴は容赦しねぇ』
「
ばっ…」
バカ言ってんじゃねぇよ、コイツ…!
誰がいつお前と付き合うなんて…
『ま、お似合いなんじゃないッスか?』
跡部に向かって不敵な笑みを浮かべる越前。
そして反論する暇は与えられず、私は跡部景吾の女と言う事になった。
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