残された傷跡


『火をつけるって…なんでそんなこと…』

「ハルちゃんの両親はとても厳しかった。一番が当たり前。一番でないと、それはもう強くハルちゃんに当たり散らした」

『じゃあ、翔子ちゃんがレギュラーになったことで…』

「…今となっては想像にしか過ぎないけど、ハルちゃんの制服の下に隠れていた痣は…きっと全部、私のせい…」




あの時、私は気付いてあげることが出来なかった。


きっとハルちゃんも…愛情を欲してたんだ。

















(STAGE.54 -残された傷跡-)















「私は今でも、そのトラウマを克服出来てない…」








「夕食、私作れないのよねぇ」





合宿初日…北川明奈と夕食を作ることになった。

本当は火にも近付きたくなかったけど、北川明奈の前で強がっていたかった。


弱い部分があるなんて悟られたくなかったの――。









『これ、焼いて』

「は?何で私」



渡された肉を、力強く握り締めた。

自然と震える私の手。

でも、何故かこの女には負けたくなかった。

フライパンをコンロの上に乗せて、震える手を誤魔化すようにコンロのつまみをギュッと掴む。


そして、目を瞑ってつまみを回した。




「…ッ…」




空気がほんのり暖まる…あの時の記憶が蘇る。

目を開けると、急いで肉をフライパンの上に乗せた。

肉からはモクモクと煙が上がる。




「――…ルちゃん…ハルちゃん……」




ジュゥゥゥゥと、活発に焼ける肉の音。

私の呟きは掻き消された。










「…っあ」



焦げたニオイで、意識が戻る。

近くにあったトングで肉を掴むと、肉はベッタリとフライパンに引っ付いて離れなかった。




「キャッ、貼り付いた…!」

『アンタ…油敷いた?』

「知らないわよ、そんなの!」



ずっと、火から離れて生活してきた。

料理なんて、したことないのよ…。




「…ッ」




急いで油を投入しようとしたけど、手の震えが止まらなくて…油が容器から大量に飛び出した。

フライパンの上で、油が暴れ出す。

北川明奈が何かを言っていたけど、油の音で聞こえなかった。




「えっ…!?」




油を置いた瞬間、明らかに部屋の温度が上がるのが分かった。

振り返ると…目の前に広がる赤い光景。



見覚えのある、大きな炎…。











また…



私は死ぬの――?











『キャァァアアア…!!!』







































『あれは…事故だよ。明奈ちゃんは、そんなことする子じゃない』

「そんなこと…わかんない。私を本気で殺すつもりだったのかもしれない」



だって、私はあの女の大切な優奈を…殺そうとした。



「動揺が隠せなかった…。この女は私を憎んでる…殺されるって、そう思った。だから…」





「いい気味ね。バイバーイ」




先手を打ったの。

自分を守る為に、優奈を憎んで…北川明奈を憎んで。

それで…また、私は全てを失った。




『翔子、ちゃん…』

「どうして…こうなるの…?私はただ好かれたかっただけなの!愛して貰いたかったの…!!」




でもみんな私から離れていく。

愛され方なんて分からない、私が頑張ったってどうしようもないの!




『君がトラウマになってるのは…炎じゃない』

「え…?」

『大好きな親友が…ハルちゃんが居なくなったことでしょ?

「…ッ…!」




ジロー先輩は、いつだって私を見透かす。


炎が怖かったんじゃない…ハルちゃんが居なくなって…大切な何かを見失って…。


それを思い出すのが、怖かったんだ――





『だったら、もう一度ハルちゃんに会って来なよ。それで、真実を確かめるんだ。彼女もきっと、翔子ちゃんのことを大切に思ってたはずだよ』








『――翔子!シングルスで勝負だ!!』






「ハルちゃん…」




ハルちゃん、ハルちゃん…。

どうして何でも、一人で抱え込むの…?


私はいつだって…ここにいたのに…。





「…無理、です」

『どうして…?』




「ハルちゃんは、もうこの世にいない――


『…!?』





自然と左手が、右腕を包んだ。

私のこの右腕の傷が…ハルちゃんの存在を示している。




「部室に火をつけたあの日…ハルちゃんは自宅で息を引き取った」



言葉にすることによって、より強く蘇る思い出。

ハルちゃんに私の思いを伝えたくて、強く…強くこの腕を掴んだ。




『自殺…ってこと…?』

「そうです…私を殺して、自分も死ぬつもりだったのかもしれない。でも…今となっては真実なんて分からない。私は、想像するしかないんです」



あの時のハルちゃんの気持ちを。

ハルちゃんが抱えていたものを…。




「どうしてハルちゃんは何も言ってくれなかったのか、ハルちゃんにとって…私の存在は…憎いだけのものだったのか…」




何度も何度も考えた。

考えなかった日なんてない。


でも、考えれば考える程…私の心は腐っていった…。





『翔子ちゃん。戻ろう、みんなのところに』

「………」



みんなのところに戻ったって、何の意味があるの?

きっとこれからも、私は一人。




「ジロー先輩」




未来は見えてる。



私は…――
















「ごめんなさい…」





ポケットに入れていたカッターナイフを取り出した。


そして、先端を光らせると…

勢い良く手首に振り下ろした。


- 54 -

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