消えない愛情
【部室に火をつけたあの日…ハルちゃんは自宅で息を引き取った】
【自殺…ってこと…?】
【そうです…私を殺して、自分も死ぬつもりだったのかもしれない。でも…今となっては真実なんて分からない。私は、想像するしかないんです】
誰一人私語をすることなく、城崎翔子の訴えに耳を奪われていた。
(STAGE.56 -消えない愛情-)
【どうしてハルちゃんは何も言ってくれなかったのか、ハルちゃんにとって…私の存在は…憎いだけのものだったのか…】
私は考えていた。
城崎翔子は確かに孤独だった。
心に闇を抱え、それを拭えないでいる。
とても可哀想な人間…。
【翔子ちゃん。戻ろう、みんなのところに】
しかし、今まで彼女がやって来たことを許して良いのか。
生きていたことが奇跡と言えるくらいに、正直私も優奈も何度死にかけたか分からない。
私たちの姉妹の絆を断とうとした城崎…
そんなアイツを…許すべきなのか…――
【ごめんなさい…】
不自然な間が生まれた。
状況が把握出来なくとも、何か嫌な予感を感じたのは私だけじゃない…ハズ。
「あれ…」
そこで私は気付いた。
優奈が居ないことに。
更に嫌な予感を増長させる我が妹に、思わず溜息が漏れてしまったのは自然現象でしか無い。
「おい、跡部。優奈が…」
【
いやぁぁあああああ…!!!】
私が跡部の肩に手を置いた瞬間に、城崎翔子の叫び声が病室に響き渡った。
機械を通しての声。
けれども生々しいその叫び声が、この場を凍り付かせた。
【なんで…ジロー先輩…
ジロー先輩!!!】
芥川の名前を何回も何回も呼び続ける城崎。
私達の頭の中に浮かび上がる、推測。
『ジローが…危ねぇ』
きっと考えるよりも先に発したであろう跡部の言葉が、それを的確に代弁していた。
芥川が、危ない。
「どうすんだよ…!ってか、何が起きてんだよ!!」
『とにかく、ジローに電話だ!!』
『もうしてるわ!けど、アイツ出よれへんで!!』
『やべぇな…クソッ…!』
どうしてこうも次から次へと事件が起こるのか。
収まったと思えばポロポロとこぼれ落ち、そこら中を荒らしていく。
ビーズのように…って言ったら、聞こえが良すぎるか。
「――あ…?」
微かだけれど聞こえた。
この状況を転がす、雑音が…。
『アァ、どうした?』
「しっ…耳を澄ましてみろよ」
耳だけに集中を集め、私は目を閉じた。
段々と音は大きくなる。
そう、風と共に聞こえるパタパタと言う音…。
【…な、何…?】
【
翔子ーっ!!!】
私の想像によると、行動力だけは抜群な妹・優奈がヘリの中から叫んでいる。
マジで強ぇな…私の妹…。
【優奈…優奈…っ!!ジロー先輩が…!!】
【待ってて…今そっち行くから!!】
優奈の声が段々近くなる。
何やらバタバタした音が聞こえ、雑音が収まる。
【ジロー先輩は…大丈夫なの…!?】
【すぐに止血したし…大丈夫そうだよ】
【…ッ…】
優奈の言葉に、城崎は泣いた。
遠く離れている私達にも分かるくらい大声で。
その涙が一体どんな意味を表しているかは、私達では計れなかった。
【…翔子…】
優奈の囁きに乗せて、痛々しい音が響いた。
私達には理解出来ない気持ちも、親友だったコイツらには、手に取るように分かるのかもな…。
だからこそ、優奈は城崎を許せないのかもしれない。
【翔子…死にたいなら死ねば良い。でも、私の大切な人達を巻き込まないで】
優奈は怒るわけでも無く、ただ静かに喋り始めた。
【お姉ちゃんも、氷帝のみんなも…私にとっては掛け替えのない人なの】
さっきまであんなに大きく聞こえていた城崎の声は、聞こえなかった。
聞こえるのは、優奈の声と…先程よりも緩やかな風の音。
【翔子なら…分かるでしょう?】
【…ッ…】
『ハルちゃん…』
――城崎は
彼女の名前を、とても愛おしそうに呼んでいた。
トラウマになるくらい、考えずにはいられないくらい、確かに城崎は岩崎遥香を憎んでいた。
しかしそれは…城崎が岩崎遥香を、間違いなく親友として愛していたから。
強く刻まれたその気持ちは、いくら城崎が悪の感情に覆われようと浮かび上がってくる。
だから今も…
彼女の事を引きずってるんだろ――?
【…わかんない…】
【翔子】
【ッ…分かんない…分かんないよ!どうしてアンタ達は強い絆で結ばれてるの!?どうして私は一人なの!!?…どうして…ッ】
「…城崎…」
よく、わかんねぇけど…心が締め付けられるのは、何故だ。
私は城崎が大嫌いで、憎くて、死ぬなら勝手に死ねば良いと思ってた。
でも…
【どうして、ハルちゃんは…死んじゃったの………?】
ここまで人情を見せる城崎を、憎むことが出来なかった…――
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