逃げ道の向こう


[翔子side]





思い出したくなかった。

認めたくなかった。

素直になりたくなかった。



だって…私が壊れてしまうから――















(STAGE.57 -逃げ道の向こう-)














つい飛び出てしまった言葉を、押し込めようとした。

でも…ダメだった…。




『…悲しかったんだね…』




ずっとずっと、現実から目を背けてた。

違う感情を置き換えて、真実を偽ってた。


でも今、長い逃げ道の先に優奈が立っている。




「…や、だ…やだ…やめて…」

『本当の気持ちを話して。私が受け止めるから!




優奈の目が、真っ直ぐに私を向いている。

その真っ直ぐさが、いつも怖かった。

心の奥底を…封印していた記憶を、引っ張り出されそうで…。




「…ハル、ちゃん……」




名前を呼ぶことさえなかった。

だって、ずっと目を背けていた記憶と…もしも向き合ってしまったら?

もしも、私が認めてしまったら?

悲しみと、苦しみで…私は押し殺されてしまう――。




『言いたいこと言って。私を…ハルちゃんだと思って』

「…だ、め…そんなこと…」

『大丈夫…大丈夫!私がいるから!』

……!







何故だろう



優奈の向こう側に、ふと…希望が見えたの









「…っふ、うぇ…ハルちゃん…寂しいよぉ……」



私は、優奈の手を力強く握っていた。

優奈はもっと強く、私の手を握ってくれていた。

その温もりが心地良くて…心が安らいだ。




「…何回も、死のうと思った…」




生きる楽しみも希望も無かった。

それならば、ハルちゃんと同じところに行きたかった。

私を殺そうとした理由を、ハルちゃんに聞きたかった。


此処にはハルちゃんは居ない。




「毎日が…地獄だった…」




テニス部を辞めて、毎日意味もなく学校に行って。

生きてる心地がしなかった。

テニスコートの前を通っては、届かない過去を追い掛けてた。




「ハルちゃんが居ないと…寂しくて…心細くて……」




私はハルちゃんを憎んでた。

大嫌いだった。



でも、それ以上に…

ハルちゃんが居ない日常の方が苦しくて。


ハルちゃんに会いたい、ハルちゃんと遊びたい。


ずっとそればっかり願っていた。




だって…










「…ハルちゃんが…大好き、だから…」








分かってた。

気付いてた。

認めたくなかったの。

私がハルちゃんを大好きでも、ハルちゃんは私を憎んでたから。




「…ずっと…ずっと友達でいたかった…」




口に出すと、余計に気持ちは溢れた。

私は倒れ込むように、優奈に寄り掛かる。




「もう、やだ…やだよ…大切な人を失うのも、大切なモノを無くすのも…」

『翔子…』

「…わかんないよ…」




私が大切なものは、いつも私から離れていく。

そうなるくらいなら…って、いつも自分から壊してた。

人を愛す方法も、人から愛される方法も、全部全部わかんない。




「生きてる方が……ツライんだよ……」




きっと今、心の底から言葉を発してる。

だって…私の気持ちが優奈に伝わってるって、分かるから…。




『…そうだね…』




優奈を見ると、テニスコートがある方向を見つめていた。




『生きるって、ツライよね。私も…いっぱいいっぱいツライことあった』

「優奈…」

『でもさ、生きなきゃ幸せも楽しみも…感じられないんだよ。死んじゃったら、トラウマを乗り越えられる幸せも掴めないんだよ。だから、生きなくちゃ』




幸せになるために――



って、優奈は言った。

悲しみを持ったまま死なないで、って。


ずっと、私の目を見て訴えてた。




『ハルちゃんはさ…翔子のこと、大好きだったと思うな』

「…そんなこと…」

分かるよ



いつも柔らかい優奈の言葉が、私の言葉に突き刺さった。




『じゃあ…翔子は、私のことが大嫌いだから裏切った?』

「………」



優奈の目が…少し悲しそうに見えたのは、私が罪悪感を感じているから…?

被害者ぶってても、私がやったことは許されないこと。

ハルちゃんは私にトラウマを植え付けた。


私だって、優奈に散々酷いことをしてきた。

きっとこの子の心には…消えない傷が付いている。




「いや…」




口を開いて気付いた。

そういえば、私…ちゃんと言ったことあったかな…。







「――大好き、だったよ…」



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