壊された人生


『貴方がレギュラーになったと聞いた日に、遥香に命令したわ。精神的苦痛を与えなさいと。でも、言っただけじゃあの子は実行しない。最初は出来ないと駄々を捏ねていたから、お仕置きをしたわ』

「…お仕置き…?」

『痛〜いことよ。相当嫌だったのか、あの子は決心したみたいだった。でもあの子の決意なんて信じられたものじゃないから、写真を証拠として撮らせたの。勿論その写真はもう処分したけども。写真が少なければ、家から追い出したわ。写真が多ければ多いほど、私はあの子を誉めた』


饒舌に語るこの女が、本当に親友の母親であるのか…私の頭は混乱していた。
















(STAGE.61 -壊された人生-)













『遥香は貴方に手紙を書いていた。謝罪の…手紙を。自分の娘ながら、その馬鹿さに吐き気がしたわ。だからアンタはいつまで経っても報われないんだと、娘の幸せを願ってそう言ったの』




娘の幸せ…?


そんなの、この女が願っているわけない。

自分の名声の為に、子供を良いように利用してるだけじゃない!

母親のすることじゃない…この女は、母親じゃない…!!




『そして、言ったわ。貴方を殺しなさいと。そうすれば遥香は幸せになれる。遥香の幸せは、私の幸せだと…そう言ったの』

「そんなの…」

『私も手伝うと言ったら、遥香は頷いた。その時はちゃんと、遥香を抱き締めてあげたわ』







『翔子。ごめん、ごめんね…』







あの時の、ハルちゃんの悲しそうな顔。


友達にも、母親にも、本音を語れなかった。


そして、親友にも近付けなかった。


ハルちゃんは、いつも孤独だったんだ――







『あの子が貴方を呼び出した。そして私が灯油を撒き、火を付けた。これで成功した筈だったけど…あろうことか、貴方は助かった。遥香には失望したわ。だからあの子には責任を取って貰ったの』

「責任って…」

『でも遥香は、自殺するつもりだったみたいよ。遺書を書いていたの。でも、自分で死ぬくらいなら、母親の私が始末した方が良いでしょう?その遺書が発見されて、遥香は自殺って事になったの』




その時ハルちゃんは…どんな顔をしてた?

何を思ってた…?




『貴方はテニス部を辞めたみたいだったし、私の計画はまぁまぁ成功したわ』




私は…悔しいよ、ハルちゃん…。





『ここまで気付いたのは、貴方だけよ。流石は遥香の親友ね。でも、もう証拠は何もないわ。私は捕まることもないし、疑われたとしても何も話さない』


「どうして…?」


『何?』


「どうして…ハルちゃんが死ななければならなかったの…?」




なんでこんな女が幸せそうに生きてて、ハルちゃんは志半ばで死ななければならなかったの?

ハルちゃんには…明るい未来があったのに…!




「許せない…アンタが死ねば良かったのよ…アンタが…ッ!!




感情が高まると、いつもの癖でポケットに手を入れて、カッターナイフを掴んだ。






『じゃあ、約束して…。もう、過去を振り返らないって』





「――…!」





『もう…掴めない過去を追い求めないで』






頭の中に駆け巡る、優奈の言葉。

私を思ってくれてる、大切な友達の気持ち。








『過去には届かないんだよ!そんな過去に囚われて、自分を傷付けないで!お願い、だから…!』








…ッ、くっ…!!!





私は泣き崩れた。


この悔しさを、何処に持っていけば良いのか…誰に投げつければ良いのか…。


こんなの、こんなの絶対間違ってる…。

ハルちゃんは真面目に生きてたのに…どうして…っ!






『フフッ、残念だったわね。もう帰ってくれるかしら?』

『おばさま、それは無理です』




腫れた目を擦れば、部屋を出て行った筈の優奈とジロー先輩が立っていた。

手に、何かを持っている。




『今から警察が来ます。貴方はそこで、話さなければいけません』

『何を言ってるの?私は警察に話すことなんてありません』

『遥香さんの部屋で、これを見つけました。翔子宛てに書かれた手紙…これは、先程貴方がお話した謝罪の手紙です』

『…聞いて居たのね…。貴方達、人の部屋を勝手に漁って…犯罪よ!!

『貴方が出て行けって言ったんです。その間、私達はお部屋で待たせていただいただけです。そこでこれを見つけたというお話です』

『このっ…』




馬鹿正直に私に語ったことの愚かさに気付いたのか、女は目の前にあった果物ナイフを掴もうとしていた。




動かないで!!




でも、私のカッターナイフの方が速かった。

誰かに向けること…これで最後にするから。




「優奈…これが終わったら、ちゃんと捨てるから…」

『うん…ッ!約束守ってくれてありがとう』







これが…これが終わったら…



もう、優奈とは…


一緒に、居られないのかな…?








『ジロー先輩!』

『オッケー!』





ジロー先輩は女の腕を掴んで、体を床に押し付けた。

そんなジロー先輩が、不謹慎ながらカッコイイと思ってしまったり…。




『…ッ、私は何も証言しないわよ…!』

『良いですよ。録音された貴方の声が、全部証言してくれますから』

…!!!

『ジロー先輩の上着、置いて行って良かった。これに盗聴器仕掛けてあったから』




きっと、私一人ではこの女にこんな顔をさせること…出来なかったと思う。

仲間が居れば…何十倍も、何百倍も…不可能が可能になるんだって、初めて気付いた。





『貴方が傷付けた人達への償いを、きっちりして貰います』







この後、私達は取り調べを受け…帰る頃には日が変わっていた。








『zzZ…』

『ジロー先輩爆睡してるよ』

「相当疲れたんだね…ホントに、感謝してるよ…」




私は全てを失って、飾る物も全部全部剥がれて、丸裸になって…そしてまた、何かを得た。

それは今までみたいに重たい物じゃなく、凄く暖かい。




「優奈…ありがとう。そして、ごめ」

謝らなくて良いよ

「え…?」

『もう翔子はきっと、同じ事は繰り返さない。だから謝らなくて良い。それに、翔子だけが悪いなんてこと…絶対ないから。私も、氷帝のみんなにだって誰にだって、欠点はあるよ』

「うん…」

『翔子は沢山苦しんだ。だからこれからは…楽しい思い出、作っていこう?』

「うん…ッ」




私と優奈は抱き締め合った。

ハルちゃんと築き上げることが出来なかった友情を、優奈とは築いて行けるって思えた。



怖くて人を愛せなかった。


でも…恐怖以上の愛があれば、そんなの関係ない。






『さー着いた着いた!お腹いっぱい食べよー!』

「え?着いたって…」




ヘリコプターは、合宿所の上を飛んでいた。




「私…ここに戻っても、良いの…?」

『何言ってんの、翔子も招待されてんだから!…みんな、待ってるよ』




私はまた、泣いた。



でも今度は…

涙が止まらなかった…――


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