Act.10 幸の足音


一人で居る時の暗闇は、どうしてこんなにも深いんだろう?



誰もいないのに後ろから気配がしたり、


鳥が空を飛び交うだけで、怖くなって…泣きたくなる。



真っ昼間だと言うのに空が闇の様に暗く感じて。



深い闇は何処までも俺を包み込んで、離さない。







強く、強く、締め付ける様に…――


























-Act.10- 幸の足跡















「――ッ…」



古い校舎の保健室。

ボロボロになったベッドで日吉は一人、悪夢を見ていた。

いっそ今までの事も夢であって欲しかった。

そう心の中で呟きながら、日吉はベッドから降りる。




『…ガガッ…』


放送から雑音が聞こえた。

今度は何を告げられるのだろうか?

日吉は緊張しながら耳を傾ける。



『――皆の者に告げる』



お決まりの言葉から始まる。

続きを聞きたいような、聞きたくないような、そんな複雑な想いだった。

しかし選択権など無く、その声は容赦なく日吉の耳に降り掛かる。




『只今より、絞魔と爆魔が参戦する。彼等は容赦なく君達を殺す。精々気を付けるんだな』




プツッ、と音が切れる。


コウマとバクマ…?


聞き覚えのない名前に、日吉は些か混乱している。

一体ソイツ等は誰なのか…。

不安…そして恐怖と緊張が混ぜ合わさって、例えようのない気持ちになる。

こんな想いは初めてで、どうして良いのか分からない。


日吉は心の中で問いかけた。




こんな時、みんなならどうするのだろう…――?







――ガラッ…







保健室に、跡部が銃を構えて入ってきた。

いくら相手が跡部だからと言って、銃を構えられれば安心なんて出来ない。

此処で自分が出て行けば撃ち殺され兼ねない、日吉はそう思った。

だから彼はベッドの下に隠れ、四つん這いになる。

恐らくこんなにスリル満点なかくれんぼは初めてだろう。





「誰もいないね」



この声は間違いなく、絵梨香。

そう確信すると、日吉は少し落ち着く。

彼女の性格を理解した上での安心。

跡部はともかく、絵梨香が人殺しをするなんて思えなかったからだ。




「取り敢えず、少し此処で休むか。樺地の事もあって精神的に参ってるだろ?」

「…うん」



跡部の質問に悲しげに答える絵梨香。

その会話を日吉は聞き逃さなかった。


"樺地"と言う単語と、"精神的に参っている"と言う事を兼ね合わせると、その内容は容易に想像出来た。


確信は無いが、多分…樺地は死んだ

先程放送で言っていた死者の中に、樺地が入っているのだろう。

頭の良い日吉はそう考えた。



「氷帝で残ってるの、あと何人くらいなんだろう?」



絵梨香は暗い表情で跡部に質問する。


詳しく知る事が出来ない辺りが、この戦いの怖さ。

仲間の生死を知る事が出来ないのが、この戦いの残酷さ…。



「わからねぇ。だが…俺は何があっても仲間を殺さない」



この言葉には、絵梨香よりも日吉の方が驚いた。

恐らく部長として、テニス部を一番愛してきたのは他でもない跡部だ。


それを一番分かってるのは自分達なのに…。


日吉は先程自分が思った事を恥ずかしく思った。




「こんな下らない戦いで、今まで築いてきたモノが崩れて無くなるなんて…悲しすぎるだろ?」



そう言った跡部の声はいつもより低かった。

だからこそ、余計に日吉の心に響いた。

染みて染みて…涙が出るくらいに日吉の心を侵食していく。

テニス部の面々に対する跡部の想いは、思っていたよりも深くて。

命を掛けたこの戦いで壊れるようなモノじゃないんだと気付くと、嬉しくて言葉が出なかった。



「そうだね」



絵梨香は静かにそう呟いた。

跡部は絵梨香の頭をポンポンと軽く叩いて、自分の方に寄せる。

そして二人は笑みを浮かべる。









不幸の足音が近付いていると言う事も知らずに…――。












暫くしてその不幸は二人の元へと、辿り着く。






「そろそろ、行くか」



跡部がそう言って絵梨香の手を取った瞬間、































――バンッ!!!






勢い良く扉が開いた。


日吉も驚いて肩を大きく動かす。





「跡部景吾に、酒本絵梨香…はっけ〜ん!」

「見つけるの早いよ、爆魔」



爆魔…、さっき放送で言っていた奴だ。

日吉は直ぐ様それを察知した。

勿論跡部と絵梨香もそれを知っている。

急いで絵梨香の手を引いて抱き寄せる跡部の額には、汗が滲む。

今までの相手に情けは通じても、この二人には一切通じない。



それが分かっていたから。





「お前達、何者なんだよ…?」



跡部は絵梨香を手で押して自分の後ろへ遣る。



「ふ〜ん、美しい愛情だねぇ?」



それに気付いた爆魔は、跡部の後ろに居る絵梨香の顔を覗き込んでにやける。

その笑顔は恐怖心を奮い立たせるように、黒い笑顔で。

絵梨香は少し青ざめる。



「怖がってる、か〜わい」

「絵梨香に触んじゃねぇ」



今にも絵梨香に触れそうな爆魔の手を払い除ける。

そして先程の質問をもう一度繰り返す。




「お前達は何者なんだ?」



跡部の険しい表情に、爆魔と絞魔は失笑する。




「俺達は狂魔様に仕える者」



今まで黙っていた絞魔が口を開く。

冷たい目が、その場の空気を凍らせていくようだ。




「このBRで、生き残ったんだ。俺は四代目だったっけな?」



爆魔がそう告白すると、絞魔も続いて



「俺は二代目だ」



と、微笑を浮かべて告げる。





「人間って醜い生き物でさ…」



爆魔はそう言いながら持っている槍を見つめる。

そして視線を戻すと、跡部と絵梨香にこう言い放った。


























「もうきっと…このBRは一生終わらないよ――?

- 11 -

*前次#


ページ: