戸にかけた手を、銀時は引かずにいた。




「……………。」

なんだかなぁ。
やっぱケーサツに相談した方が早く済みそうな気がする。




「銀チャンどうしたアル?」

「んー…。」

隣で首を傾げる神楽に、ワンと答える定春。
買い物から戻りいざ万事屋へ入ろうとしたら、銀時が戸に手をかけたまま動かなくなった。
神楽と定春はそれを不思議に思ったらしい。

一方の銀時は戸から手を離し、今日は一階のスナックに行こうと提案する。




「今日は下で打ち上げなんかあったアルか?」

「まぁな、いちご牛乳を凍らしてジェラートで食おうぜ。
高級だろ?」

「おー!
いちご牛乳のアレンジレシピなんて初めてアル!」

話を逸らしつつ、神楽のテンションを上げつつ、ワイワイと下に降りてスナックへと向かう。
まだ準備中だったが、色々と面倒を見てもらってるだけあって融通がきくから良い。
ガラガラと戸を開けて入り、たまやキャサリンに挨拶をしながら冷凍庫にいちご牛乳を入れた。

本来であれば数日分の買い出しだったのだが、仕方ない。
今夜で一気に食べ尽くしてしまおう。




(今回はたぶん、怒られない…はず)

下手に動かなかったし。
後処理をどうするかだよな。

















━━━━━―――………‥‥‥




リモコン争奪戦を繰り広げる神楽とキャサリン、その隣にたまが座り、正しい姿勢でじっとテレビを見る。
定春もそれに続き、しばらくして3人と1匹でドラマを見始めて落ち着いた。




(あー…まだ10時か)

こういう時に限って猛烈に眠い。
布団が恋しい。
帰りたいのに帰れないとか切ないな。

銀時は背中を伸ばし、ソファにもたれかかる。
ほぼ女子会と化した場では男が尻に敷かれるのは当たり前。
だがそれも悪くないと思えるのは神楽や年増のババア共やロボ、そして番犬による出会いの化学反応おかげか。
異色すぎるが馴染んでいるので笑ってしまう。




「ちょいと、銀時。」

「ん…?」

酒で火照った頬を冷ますように深呼吸をする銀時。
そこへお登勢が近付いてきて、テーブルの上にパチンと何かを置いた。

眠い目で見ると、そこには将棋の駒。
“香車”と書いてある。




「…前は“歩兵”だったけど。」

「見た目から胡散臭い感じだったからね。
アンタのこと聞きながら興奮気味でキモかったよ。」

「目立つってのも管理が届かなけりゃ悪用されるだけか…。
悲しい世論さね。」

「十人十色、賛否両論ってワケさ。
まぁ頑張りな。」

ひらひらと手を振りながらお登勢は神楽たちのところへ向かい、一緒にドラマを見始めた。
一方の銀時は、駒の横にある羊羮に手を伸ばし、一口二口で平らげる。




「人気者も苦労すんだよ…。」

俺を試すだけ試す。
下手に近付くと線を引かれるため、微妙な距離を保ち続けなければならない。
それをいつまでも守る俺は、何なんだか。

銀時は立ち上がり、木刀の感触を確認しながら歩き出す。
ついでに神楽にはここのスナックで泊まり込みの女子会をやれと言いつけておいた。
それに了承した神楽からは、歯形付きの酢昆布を渡され、銀時はそれを口の中に放り込んでスナックを出た。
階段を登り、昼間と同じように戸に手をかける。




「………………。」

不審な気配は、ない。
木刀を握り、銀時は静かに戸を開いた。




「………………えぇー。」

ああ、そういう。

玄関先からお目見えの証拠に脱力。
銀時は木刀から手を離し、ブーツを脱いで家に入る。
玄関先で見えた草履は1つ。
そしてこのにおい。
銀時は居間への戸を開け、ソファで煙をくゆらす男を見て再びため息を吐いた。




「いつから?」

「さぁな。」

「さっきまで誰かいただろ。
アレはどうしたんだよ。」

「知り合いだったか、なら悪いことをしたなァ。」

「いやたぶん知り合いじゃねぇから悪くはねーけど。」

「クク…相変わらず人を惹き付ける野郎だ。」

男は煙管の灰を落とし、1つ2つと煙を吐いた。
そんな男の横に銀時は座り、じっと見つめた。




(今夜は機嫌が良いのな…)

ひとまず心を撫で下ろす。
そして高杉の肩に頭を乗せ、甘えるように寄りかかった。

寄るなら連絡ぐらい寄越せと、言いたいことは山ほどあるがひとまず「おかえり」と告げ、高杉も「おう」と応える。
どうせ少しの間だけ匿え、ということだろう。
しかしこの男は「お前に会いに来た」「望むなら、夢みてェな絶頂をくれてやる」と言葉を選んで巧みに口説く。
終わらない反抗期の俺に合わせ、喜ばせながらも攻めるという流れを高杉は利用する。
わかっていながらも、俺は流されてしまうのだ。




「野郎に付けられるなんざ、どっかで引っ掛けたんだろ。」

「失礼な。
こんなに純粋で少年の目をしている銀さんに対しての冒涜ですよお兄さん。
誰がそんな気味の悪いことをするかよ。」

「どうだか。
テメェは昔から情に流されやすいからなァ。」

「…怒ってんの?」

「わざわざ来てやったのにいなかった、それが退屈だった。」

「………………。」

「テメェに会いに来たんだからな。
出迎えぐらいはちゃんとしろ。」

「……ん。」

銀時はコクリと頷き高杉に身を任せる。
すると高杉の手が頭を撫でてくるもんだから、猫のように喉を鳴らして甘えてしまう。
そしてチラリと見えた高杉の口角は上がっていた。




(これは情じゃない…)

愛でもない。
あの微笑みは、勝利の余裕。




「俺だって、わかってんだよ。」

高杉を占めるのは支配欲。
それが満たされた時だけ『情け』や『愛』に変わる。
そうとわかっていながら受け身になる。
高杉から見れば、都合の良い駒としか存在してないだろう。
煙に混じって香る白粉と酒が証拠。
昔はそれにキレて二度と近付くなと毛嫌いした時期もあったが、男は時間を空け、お得意の話術で再び銀時を口説き落としたのだ。




「わかってんなら、この先も考えてみろよ銀時。
俺がテメェに何を望み、テメェは俺に何を望むのか。」

「んン………。」

「そうだろ、発情期な野良猫さんよ。」

高杉が耳元で囁く。
それに呼応して手足が震え、何度も絶頂してしまった前回の情事を思い出す。

何故ここまで高杉が銀時に執着するのか。
付き合いの長い腐れ縁だから?
来ればいつでも抱けるから?
答えは未だに出てこないが、銀時が寂しさや虚しさを感じたり、困った時に限って高杉は訪れる。
その時に聞く高杉の声が全身に染み渡り、抵抗力が無くなって男の全てを受け入れてしまう。

今回も、誰かに付けられているのは気付いていたが、どう対処するか迷っていた。
自分で片付ければ済むが長期戦になりそうで面倒、かといってケーサツに任せたら高杉は来てくれない、なら高杉が来てくれれば、と。
そしたら救世主のように現れ、既に面倒事を片付けてくれていたのだ。
心理学的な、一種の宗教に捕まるとこんな感覚らしい。




「野良猫ね。」

「不満か。」

「いや、飼い猫より野良猫派などこぞの俺様にはうってつけかなって。」

「クク…あの毛玉か。
テメェによく似て無愛想な猫だったな。」

「とか言いながら、引っ掻かれても餌付けしてたろ。」

「どうしたら攻略できるか、獣目線で考えるのが楽しかったからなァ。」

「猫相手に?」

「餌もやらず勝手に触って引っ掻かれたテメェとは違う。
俺はそれなりの対価を払った。」

「対価ねぇ…。」

「あと一歩だったが、最後はあっさり見切られたな。」

昔、高杉と銀時が構っていた黒い野良猫。
ふてぶてしい態度と喧嘩腰の姿勢に、いつかは飼い慣らしてやると攻防戦を繰り広げていた。
むしろどっちが早く攻略できるかと2人で競い合う、それが楽しかった。

そして月日が経ち、だいぶ慣れてきたと思ったその日。
いつものように餌付けをしていたら、野良猫が急に甘えてきたのだ。
媚びを売るような猫では無かったので、銀時と高杉は驚きながらも攻略できたと撫でては喜んだ。
しかし次の日から野良猫は消えてしまった。




「へぇ、晋ちゃんでも昔のことを引きずってんだ。」

「さぁな。
だが、ふと思い出しちまうのはそういう事だろ。」

「はいはい。
でもあれは今までの餌分はこんぐらいかって話なだけで、アイツはアイツなりに行く場所でもあったんだって。」

「行く場所か。」

「野郎が構うよりも、雌猫とのアバンチュールの方が断然良いだろ。」

「クク、それもそうだな。」

高杉は1つ、2つと煙を吐き、遠くを見る。
そして隣の銀時を見ては頬を撫で、親指で唇をなぞった。




(こういうことだろうな…)

俺が高杉から離れられないのは。




「心配しなくても、俺はここから逃げねぇよ。」

「……………。」

「どうせ逃げたって地の果てまで追ってくんだろ。」

「かもな。」

「ま、俺は餌付けはきっちりやらねーと逃げるけど。」

「ならしっかり満足してやるさ。」

今まで溜め込んできたもんを全て吐き出せ。
高杉は煙管を置き、銀時の唇に噛みつく。
それでいて唇をしゃぶるように柔らかく重ねるのだから、このギャップに体が痺れて動けなくなってしまう。
昔は獣のような乱交も、今では想いを重ねて意味のあるものになってしまった。
まだ間に合う、手慣れる前に逃げろと、あの時も野良猫に忠告されたような気がしたのに。

今では傷の舐め合いでしかないが、どこまでも俺らを繋いでしまう。
下から神楽達の笑い声が聞こえても、高杉が遮るように舌を絡ませてくる。
寂しい、足りないと叫ぶ体は、高杉にすがってしまう。




「ん…口ばかり、達者になりやがって。」

どうせ高杉の本音なんて聞けやしない。
聞いたら聞いたでどう受け止めればいいかわからないし、心中でも誘われたら即断るだろう。
求めるものが違うのであれば無理に引き寄せることはない。
俺らはまだこれでいい。
だから終わりまで騙されてあげようと思う。




「ぁ……はぁ……っ」

「銀時、」

「ん…。」

俺を口説く高杉の唇。
それを飲み込むように、今度は銀時から口付けを施した。











18,09/21


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