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※銀時♀注意





三味線や琴の音。
人の話す声や笑う声。
それらを背に、艶やかな衣装と笑顔ができれば完璧。




「はーい、じゃあ今夜も宜しくさんでーす。」

銀時は襖を開けて周りの花魁に挨拶しては通り抜けていく。
着物を引きずるのはなんとも気持ち悪いが、慣れてしまえば全力疾走もできるようになっていた。
そんな自分の適応力が憎たらしい。




(まさか、ここまで続くとはな…)

それは吉原で働かないかと誘われた数ヶ月前。
最初こそ、吉原でバイトなんざできるかと全否定していた。
あんな見ず知らずの男を煽てる場にいて何が楽しいのかと。
だがしかし、慣れとは恐ろしいもので。
色々な男が自分の手のひらで思いのまま動かせることを知ってしまうと、だんだん面白くなり、いつの間にか多大な収入源になっていた。

今では立派な看板娘。
それでも身内や知り合いにバレないよう、黒髪の鬘を被って変装し、警戒しながら晩酌の相手をし続けた。
体を売るほど深く付き合わないし、ただただお酒を呑んで呑ませて甘味を頂戴する。
数十分間だけ男の自慢話に付き合えば報酬も甘味もたんまり貰えるわけだ。




「よし!」

それじゃあ今日もはりきって行きますか。




「顔よし、足よし、着物よし。」

銀時は自分の身なりを確認し終えると部屋の襖の前に座る。
そしていつもの怠惰な表情ではなくキリッと凛とした顔を作って、そっと襖に手をかけた。

いざ、出陣!




「今晩はご指名ありがとうござ…、」










拝啓、愛を込めて













銀時は目を止める。
そして思わず言葉も止まってしまった。

それもそのはず。
物凄く見たことのある顔が今、目の前にいるのだから。
その二人も銀時を不思議そうに見てくる。




(な…なんで、)

黒い獣らがここにいるんだァアアア!!!!!




「おや、どうしたでござる。」

「え、あ、お…お兄さんらのお顔がとても綺麗で見入ってしまって。
おおおおおお気になさらず。」

「ほう、入って早々に口説くとは噂通りの上玉。
良かったでござるな、晋助。」

「………………。」

呼ばれた男はジッとこちらを見つめてくる。
その視線を浴び、震えながらもなんとか笑顔を取り繕ってその場を凌いだ。




「あ…もう既にお楽しみになられて…遅くなりましたが今から私がお相手させていただきます。」

取り乱すな。
取り乱すな。
取り乱すな。

今の銀時の頭にはその言葉しかない。
いくら旧友、ましてや今はタイマン張ってる高杉に会うとは。
しかも避けたい理由があるのでこの世の中で一番会いたくない人物だった。
それなのに。




(いや、ちょっ…ええええええ)

予定の中のいっっっちばん最悪なパターンだッッッ
しかも高杉だけじゃなく部下まで連れてきてやがるし!!
昔から遊郭行ってるのは知ってたけどよりにもよってこの店を選ぶなんざ…っ
ってーか俺、笑顔ひきつってるけど大丈夫?
これ大丈夫かな?!
いやもう手遅れだよね!
さっきからずっとこっち見てるし!!
鬘つけてるけどなんかもうバレてるっぽいし!!
「こいつマジか」的な感じで試されてる感ハンパないし!!!

銀時は脳をフル回転させてどう切り抜けたらいいかを考える。
既にバレているのを前提に、どのタイミングで逃げ出そうか、どう言い訳しようかと必死に考えた。




「どうぞ。」

「おお、かたじけない。」

「………………。」

顔は凛々しく美しく。
吉原で学んだことを復習しながら高杉と万斉の猪口に酒を注いだ。
それを高杉は相変わらずジッと見つめたまま。
何も言わないのが逆に背筋が凍る。




「晋助、どうした。
あまりの上玉に言葉も出んか。」

「そ、そんな買いかぶりすぎですよお兄さん…。」

「いや拙者は本音を申しただけでござる。
もし余裕があれば今夜の相手にでもと思ったぐらいだ。」

「え、」

「ククッ……上玉、ねェ。」

万斉の思わぬ一言にドキリと反応する。
これだけ男に褒められたのはいつ以来か、そう思っていると不意に高杉が笑ったので驚いた。




(ちょ…何ドキドキしてんだよ)

万斉の言葉に高杉の笑み。
よくわからないが自分の心臓が跳ね上がっているのがわかる。
こんな絶望的な状況なのに嬉しく思ってしまうのは仕方ないことなのか。

銀時は頭を深く下げると、不意に万斉の手が銀時の頭を撫でた。
と言っても被った黒髪の鬘を撫でられているのだが。




「それで、この花魁を拙者とそなたで可愛がると。」

「何だ、えらく気に入ったようだなァ。」

「ここはそういう場所でござろう。」

「さァて…ただ、三つ巴は趣味じゃねェ。
今回の件の褒美としてなら考えておいてやるよ。」

「了解した。」

万斉は立ち上がるとそのまま銀時の横を通り過ぎて部屋を出て行ってしまった。
一方で話を聞いていた銀時はまだ緊張と歓喜が収まらなかった。






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