啓蟄に告ぐ








カタカタと戸を開く。
音を立てないつもりだったが、万事屋の戸は言うことをきいてくれなかった。
だが高杉は気にすることなく玄関に入り、後ろ手に戸を閉めた。

重要なのはここから先。
気配さえ消してしまえば問題ない。
探しているものはどうせ爆睡中。
気付きはしない。




(安定の不用心、だな)

気配を消したまま居間へと歩き、そして寝室の襖を開けた。
予想通り、銀時は爆睡している。




「アホ面…。」

高杉は銀時の寝顔を見て思わず呟く。
子供の頃から何も変わらない。
きっと、これから感じる体温もその時のまま高いのだろう。

押し入れで寝ている小さな気配、そして無防備に大の字で寝ている気配、両者に気付かれないよう高杉は静かに部屋を歩いた。
そして銀時の近くに寄ると、隅に追いやられている布団を綺麗に伸ばす。




(風邪ひいても知らねェぞ)

安心しきった顔しやがって。
今なら強姦もできるし寝首もかける。
敵を前にしても、その敵に布団をかけられても、銀時は首もとを曝して優雅に寝ている。
高杉は呆れながらも、心のどこかで愛しいと思えてしまう。
それもこれも、馬鹿の愛嬌というやつなのだ。




「……………。」

「ン…………。」

高杉が布団の中に入れば、銀時は仰向けから俯せに寝転がる。
顔は高杉には向けていない。
起きる気配もない。
それを確認すると、高杉は銀時に覆い被さるようにして抱きしめた。

じんわりと伝わってくる体温。
やはり体温は高く、心地良いぬくもりだった。




(…笑いたきゃ笑え)

テメェと会う度に、対立の溝は深まっちまう。
お互いがお互いを消そうと必死に殺し合う。
だがな、体温を感じるこのぬるい関係も良いと思えちまう俺がいるんだぜ。




「………………。」

「…………スー……。」

「………………。」

「……スー…………。」

銀時の呼吸、鼓動、体温、全てを感じながら高杉は目を閉じる。
理由や意味が欲しい時、虚無感が襲う時など、高杉はふらりと万事屋を訪れては添い寝をする。
そして街が起き始める前に出て行き、銀時のぬくもりから安心を得ては朝日を拝む。

これが自己流の安息となっていることに、高杉は落胆しながらも嬉しく思っていた。




「……銀時。」

「……………。」

高杉は後ろから銀時の唇に触れてみる。
そっぽを向く銀時が今、どんな顔をしているのかはわからない。
だがそれでいい。
今、コイツの顔を見てしまったら止まらなくなってお互いを求めてしまう。




(白夜叉だったら、すぐにでも抱いてたな…)

若い己の記憶を辿り、心の中で葛藤する。
欲が目覚めてしまう前に今回はすぐに帰ってしまおうかと、悩んでいたその時。
唇をなぞっていた高杉の指が軽く吸われた。




「……………。」

「………………。」

今のは何だ。

高杉が己の指を確認する前に、銀時は俯せのままこちらに顔を向けてきた。
その寝顔は子供の頃と変わらず、その安心した表情のまま高杉の胸板に顔を埋めてくる。
それが高杉の理性を揺さぶる。




「銀時……。」

「……………。」

「…………ったく、」

「……………。」

「このままじゃ…。」

帰れねぇだろ。
そう呟けば、ゆっくりと背中に腕がまわされる。
それで確信をついた。




(お前も同じか)

甘くてとろける、こんなぬるい関係が恋しいと思えちまうなんざ。

このまま求めれば離れられなくなるというのに。
どうやらお互いに相当馬鹿らしい。




「このまま…攫ってもいいんだぜ。」

攫うどころか、監禁して縛って、もう二度と外に出られないようにしてやりたい。
それぐらい俺はコイツに固執している。
だが、そんな俺でもいいと言う。

銀時は高杉にすり寄ったまま、静かに高杉を受け入れていた。
高杉の葛藤も、ここで意味を無くす。




(ああ、またか)

また、この感覚だ。
本当にお前は。




「銀時……。」

「……………。」

「今はまだ…泳がせてやる。」

俺の視野に閉じこめるのも、くだらない腐れ縁をぶつけ合うのも、欲しい言葉をくれてやるのも。
テメェの目が覚めるまで、俺は待つ。
俺だって待つことなんざ朝飯前なんだぜ。

そう言うと、胸元に擦り寄る顔がクスリと笑った気がした。





啓蟄に告ぐ





15,03/08
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