約束
パオーン、読んで字の如く。子供たちに挨拶でもするかのように、ゾウが長い鼻を上げた。はしゃぐような声を出して手を振る子供や、手を絡ませてそれを見るカップルなどなど。休日ということもあり、多くの人でその場は賑わっていた。
「わー! 近くで見ると大っきいね!」
隣で柵に手をかけた響子が嬉しそうに烏喙を見上げる。
烏喙は今、動物園へと来ている。
「すまんっ!急に用事が入った」
「えー!?」
申し訳なさそうに両手を合わせて烏野は響子に謝罪をする。今日は三人でお出かけをする約束をしていたのだが、烏野に急遽仕事が入り行けなくなってしまったのだ。
響子がずっと楽しみにしていたのを知っていただけに、烏喙としても胸が痛んだ。(烏野に休日会えることも楽しみにしていたのもあっ たため、烏喙としても残念だった)
「この通りだ……!烏喙もすまない」
「いえ、大丈夫です。烏野警部がお忙しいのは重々承知です」
「もー、お仕事だから仕方ないけど……。いいもん、れーあお姉ちゃんとデートしてくるからっ!」
「で、デート!?パパとは!?」
「お父さんはお仕事でしょ。知らない!」
「ガーン」
「きょ、響子ちゃん……」
彼女に振られたかのような大袈裟な反応をして、烏野は胸を押さえる。響子はというと烏喙の腕に抱きついて、「ふん」と鼻を鳴らした。どちらの気持ちもわかるだけに片側だけのフォローもできず、烏喙はオロオロとするばかりである。
「…………響子をよろしく頼む……」
「は、はい! 承知しました」
恨めしそうな顔をやんわりと回避しつつ、響子の方に視線を向ける。
「えへへ、今日はよろしく! れーあお姉ちゃん!」
彼女は天使のように笑って見せた。
***
「烏野警部は、今頃必死に仕事を片付けているのでしょうか」
「ご飯はいっしょに食べたいって言ってたし、きっと間に合うよ! 次はライオンだって!」
響子に袖を引っ張られて次へ次へと連れていかれる。夜行性の動物が多いのか、それとも単に暇なのか、ゴロゴロと寝ている動物が多い。サービス精神が豊富な動物が沢山いればもっと見応えはあるのだろう。野生を忘れ、寝転がるライオンを見て飼い猫のようだと思った。
「あのライオン、お父さんみたい」
「あれですか……? 口を開けて寝ていますが……」
「休みの日はねー、お父さんあんな感じだよ」
烏喙はテキパキと仕事をこなす烏野の姿を思い浮かべ、意外に思った。子煩悩なところはあれど、だらしない姿など烏喙は見たことがなかったのだ。
「お父さんのことゲンメツした?」
「し、してないです!」
「そっかー!」
首をぶんぶんと振ると、なぜか響子は嬉しそうに笑った。もう一度見れば、ぐうたらしているライオンも何故か愛おしく見えてくる。
伸びているライオンを通過すると、フードコートが見えてきた。三時前ということもあり、子供達がアイスクリームやポテトなどを手にしてはしゃいでいる。
響子はというと、羨ましそうにアイスクリームののぼりを眺めるだけだ。
「食べますか?」
「ううん、大丈夫!」
響子は首を振る。
響子は物分りがよく、ワガママを言うことをしない。甘えることに対してもそうで自分の欲求を押し止め困らせないようにと、子供らしくない気遣いをしている。
それが烏喙には少し寂しく、烏野にとっても気をもんでいるところなのだ。子供に子供らしくして欲しいし、親らしいことをしてやりたいというのは烏喙も同意見だった。
「私は小腹がすきました! 響子ちゃんも、一緒に何か食べませんか?」
「え、えーと?」
「私はフライドポテトと、苺のアイスクリームとチョコレートチョロスにします!」
「いっぱい食べるね!?」
「響子ちゃんは何にしますか?」
「私は……」
チョコレートアイス……。
恥ずかしそうに、小さな声で言った響子に烏喙は微笑む。そしてはりきって店員に「Wで!」とアイスの倍乗せをお願いした。
アイスを食べ終わり少しの散策をしたあと、最後は土産物コーナーに寄ることになった。今日来れなかった烏野のために響子はお土産を、烏喙は職場にお菓子を買うことにしたのだ。早々に目当てのお菓子をカゴに入れ、次は烏野の土産探しということになった。
響子はキーホルダーを両手に眉を寄せ真剣に悩んでいる様子だ。烏喙はしゃがんで声をかける。
「パンダと……ライオンですか?」
愛らしいふたつのチャームは響子の手でチャリ、と揺れる。憎めない顔のゆるい造形をしたどうぶつたち。
「うん、どっちがいいかなぁ。れーあお姉ちゃんはどっちが好き?」
「私は……ライオンです」
先程、烏野に似ているという話題からなんとなく、なんとなく烏喙は選んだのである。
「そっか、じゃあこっちにしよ!」
響子は笑ってキーホルダーをひとつ、自分の持っている小さなカゴに入れた。その後も響子はお土産を吟味し、貰ったお小遣いで会計を済ませてきたようだ。
「はい、れーあお姉ちゃんはこっち」
ショップを出てきた響子は、小さな袋を烏喙に渡す。烏喙が「開けていいですか?」と聞くと、笑顔で了承した。
「あ……」
袋の中にはあのライオンのキーホルダーが入っていた。憎めない顔をした、烏野のようなライオン。
「いいんですか?」
「うん! みんなで一緒につけようよ! 私はねウサギにしたの!」
響子が烏喙の前にバッグを持ち上げると、ウサギのキーホルダーがついていた。揺れてちりんと鈴の音が鳴る。
「とっても可愛いです。私もどこかに付けますね」
「やったー!」
響子も年相応の女の子、お揃いという言葉が大好きなのである。ひとまず烏喙もバッグのチャックに付けることにした。大人びた皮のバッグにはミスマッチかもしれないが、それでもいいのだ。
「ところで烏野警部には何を買ったんですか?」
「パンダだよー。ちょっとれーあお姉ちゃんに似てるね」
いたずらっぽく笑う彼女に悪意などなくて。烏喙は少し面食らったが、すぐにつられて笑を零してるしまう。
「あの、れーあお姉ちゃん」
「お父さんをよろしくね」
その時、自分はなんと答えて______
「はっ、はぁっ……」
そして目が覚める。
壁に立て掛けた時計の音がやけに大きく聞こえる。いい、夢だったのか、悪夢……だったのか、この心臓の音が答えだ。喉が乾いて、現実をより眼前に突きつける。
ココ最近夢見が悪く、何度も目を覚ましてはまた眠りに落ちるような生活を続けている。事件のせいか、また別の要因があるのか……。
月明かりだけが眩しく、翻ったカーテンに反射してシーツの上に落ちた。泣きそうになってぼんやり、揺れるカーテンを眺める。
ここからは月が見えない。
「…………おやすみなさい」
誰に言うわけでもなく、呟いて逃げるようにまた布団を被った。