菊地原士郎
コトノハ
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休日。
大事な君とデートする。
いろんな騒音が聞こえて出歩くのも億劫になるが、
今日は生憎の雨。
外に出れず憂鬱になるのは、
どこの誰でも同じだ。
菊地原も雨はジメジメするし、濡れるしでいい事なんてあまりないから好きではないが、
ぽたぽたと降る雨の音は好きだった。
そう思えるようになったのは彼女のおかげなんだろう。
「なんかこう疎らに聞こえてくる音って楽しいよね!
出かけたくなっちゃう」
「君、変わってるよね。
普通雨の日に出かけたがる人いないでしょ」
「出かけられるくらいの雨がいいの!」
そう言って微笑む彼女は、
最近新しい傘を買ったらしい。
一目で好きになった傘を披露するのが楽しいと言っていた。
確かにその時差していた傘は赤色の傘で水に濡れると桜の花が浮かび上がるらしい。
それを見ると嬉しくなるから雨の日に出かけたくなると言っていたのを聞いて、
なんとなく合点した。
傘にそんな細かな工夫をして何になるのか菊地原は理解できなかったけど、
本人がそれでいいと思っているならそれでいいのだろう。
「それに、菊地原くんとお出かけもできるし」
そう続けられた言葉は普通なら雨の音に掻き消されるが、
菊地原の耳にははっきりと聞こえていた。
確かに晴れている時は日差しが強いし、暑いし、
人混みができるから積極的に外出をしようとは思わない。
「そういうのよく言えるよね」
「え、何?」
「なんでもない」
少し恥ずかしいけど、傘を差しているおかげで、
顔を隠す必要はない。
そういうのは少し楽でいい。
このまま二人で図書館へ向かう。
静かなところが好きな菊地原は嬉しい限りの場所で、
彼女は単純に本が好きらしい。
たまたまお互いの好きな場所と物が一致しただけだ。
だけど、二人して並んで本を読むのは悪くないと菊地原は思う。
雨の件もそうだけど、
彼女は好きをたくさん持っている。
朝起きて雀の鳴き声を聞くのが好きとか、
登校中、友達とばったり会うのが好きとか、
家に帰った時、外まで匂う晩御飯の匂いが好きだとか、
そういうの。
今回の図書館もそうで、
本を選んでいる時間が好きとか、
読んでいると没頭できるのが好きとか、
ページをめくる感触とか音が好きだとか。
読んだ後、気に入った本が見つかると本屋に行って買ったりもする。
なんのために図書館で読んだのかと聞いた事がある。
すると彼女は、
「この一言、一文がいいなーって思ったから買うの」と答えた。
「いいなーと思ったってことはそれが今の自分にとって必要なものってことでしょ?
それだけで買う理由になるの」
図書館はそんな本と出逢う場所らしい。
「ふーん、そう」としか、
菊地原は答えられなかった。
でも、なんとなく菊地原にも分かる部分がある。
彼女が何かを好きだと言うと、
なんとなく自分も好きになれる…好きになった気がする。
好きで溢れる世界は居心地がいい。
でも決して一人ではそれは作れなかった。
彼女がいたからできたものだ。
こういうの、どういう風に表現すればいいのだろうか。
心の中で悶々とする。
――僕は君の声が好き。
ずっと聞いていたいと思う。
――僕は君の笑った顔が好き。
見ていると少し恥ずかしくなってくる。
――僕は君が口にする言葉が好き。
それは僕の世界を少し変えてくれるから。
そう思っていればいつの間にか菊地原は言葉を口にしていた。
別に可笑しなことを言っているわけでもないし、いいか。
…と、この時は思った。
「アキ、何かしゃべってよ」
「どうしたの急に?」
「たまにはしゃべるのもいいかなと思っただけだよ。
しゃべりたくなかったら別にいいけど」
菊地原の言葉を聞いてアキは持っていた本を閉じる。
そして恥ずかしいのか、言ってもいいのかと悩み、
一考し終わったのか、
アキは口を開いた。
「そういう構ってほしそうな菊地原くん好き」
不意に食らった言葉に菊地原は赤面した。
20160702
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