絵馬ユズル
本日の献立は温かくて甘い


※友情・恋愛ではなく家族の話です。
※絵馬の家族設定捏造してます。




「ユズル!」

第二次大規模侵攻から十日余り。
ボーダーが今回の記者会見を行ってから二、三日経った。
三門市は慣れたもので、日常に戻るのは早かった。
市街地に被害がほとんどないというのもあるが、
交通の回復、会社や学校も機能し、
ユズルは学校に行っていた。
そして今日は暇だからボーダーへ行き、
いつものように訓練して、
いつものように影浦隊の作戦室でのんびりと過ごし、
遅くなったからと影浦と北添が途中まで送ってくれていた。
別にいらないといつも言っているのに、
「危ない」とか「ガキは大人しく先輩のいう事聞いておけ」と、
過保護にも程がある発言を毎回され、折れるしかなかった。
その帰り道、ユズルは呼び止められた。
その懐かしくて聞き覚えのある声に純粋に喜んでいいものか…。
呼び方をみるに、何故か怒っている彼女になんと言えばいいのか。
いや、何に対して怒りを表しているのかユズルは想像がついていた。
だけどこのタイミングで鉢合わせるとは思ってもいなかったのだ。

「ユズル、コイツ誰だ?」
「ユズル、この人達誰?」

影浦と彼女の声が揃う。
その瞬間二人の視線が絡む。
影浦は彼女の感情を受信したのか、物凄く嫌そうな顔をしている。
そしてその顔を見て彼女も負けず劣らず嫌そうな顔をしている。
あまりよくない雰囲気にのほほ〜んとした顔で北添が入ってきた。

「カゲ、女の子相手にそんな顔しちゃダメだよ。
それでユズル。この人は知り合い?」
「うん、この人はオレの姉さん」
「は!?」
「ユズルお姉さんいたんだ」

そう目の前にいる彼女はユズルの姉であるアキだ。
ユズルは続けて紹介する。

「で、姉さんこの人達はカゲさんにゾエさん。
オレがいつもお世話になっている先輩」
「先輩?」
「うん。…二人ともボーダーでお世話になってる」
「ボーダー?」

今のタイミングで地雷かなとユズルは思ったが、
どのみち後で知ることになるのだからと告げた。
案の定アキの眉間の皺は大変な事になっていた。
ユズルは溜息をついた。



絵馬宅。

あれからアキと影浦は言い争いをして、
なんとか別れることができた。
正直ここまででユズルは凄く疲れていた。

「それでどうしたの。
姉さんが三門市に来るなんて」
「さっきも言ったけど心配だから来たって言ったでしょ」
「オレ、大丈夫だって言ったよね」
「聞いたわよ。
でも電話だとユズル一方的に切っちゃうでしょ」
「姉さんは心配性だよ」
「何言ってるの、これくらい普通にするわよ」
「オレ、ボーダーだし」
「だからじゃない!
先日、近界民が襲って来たんでしょ。
ニュースを見て私も母さんも心配したんだから」

第二次大規模侵攻。
確かにあれは世間を騒がせた大規模なものだった。
三門市も一時的にはボーダーに対する批判的な意見が上がったが、
すぐに落ち着いた。
日常に戻るのが早く感じたが、
三門市外にいる人たちは違う。
外では未だ大規模侵攻の話が上がっている。
遠征の話や、攫われた人たちを助けるプロジェクトの話も出てはいるが、
それでもまだ三門市の被害痕を報道するところが多いらしい。
三門市ではあまりみない類のものだった。
三門市と外ではこんなにもギャップがあるものなのかと、
ユズルは驚きを通り越して呆れたくらいだ。
それで大丈夫だと言っても信じられないのは分かるかもしれない。

特に姉のアキはそうだった。
親が離婚して、父親側にユズルが、
そして母親側にアキがついて暮らすようになっても、
定期的に連絡のやり取りはしていた。
ボーダーに入隊したのだって一番反対したのは姉のアキだった。
親以上に過保護な姉の対応は数年共にしていると慣れてくるもので、
あ、だから過保護な先輩たちが多いボーダーで流すことができるのかとしみじみ思ってしまった。

「大丈夫だよ。ボーダーの任務でも無茶しないようにしているし。
今日みたいに夜になったらカゲさんとゾエさんが送ってくれるから。
見た目はあれだけど先輩たちは優しいよ」

ユズルの顔を見て少し落ち着いたのか、
寂しそうな顔でアキは呟いた。

「昔はお姉ちゃんお姉ちゃんで可愛かったのに。
少し会ってないだけで成長するの早いよ」
「…姉さんが心配性なだけでしょ」
「心配くらいさせてよ、家族なんだから」

アキの言葉でユズルは目を丸くする。
そして少し頬を赤らめながら答えた。

「…ありがと」

その言葉を聞いてしまえば、アキは何も言えなくなる。
本当はボーダーを止めさせる気で、
ユズル説得後、父親に言うつもりだったのだ。
だけどこの様子を見る限り、ユズルはボーダーを止める気はないし、
話を聞くに信頼している先輩達もいるようだ。
あまり外交的ではないユズルが親しくしているのなら、
見守るしかないのだろう。
流石にアキもそこだけはわきまえていた。

「何かあったらちゃんと言うのよ」
「分かってるよ」

アキは一息ついた。
そして立ち上がって台所へ向かう。

「どうせ、ご飯ないんでしょ?
久し振りに三人で食べよ」
「…うん」

ユズルの返答を聞くとアキは嬉しそうに微笑んだ。
アキは冷蔵庫を開けて適当に食品を手にする。
規則正しい包丁の音が聞こえてきて、
懐かしいなとユズルは思った。
アキが鍋に野菜を入れ煮込み始めた時に、アキはユズルに言う。

「あ、そうだ。ユズル電話貸して」
「いいけど…なんで?」

ユズルは自分の携帯を渡すとアキはにっこりと笑った。

「今日送ってくれた先輩達に言いたい事があるから」
「…ほどほどにしてよ」


アキが電話をかける。
話し声に聞く耳を立てる。
早速言い争に発展してるところをみると相手は影浦なのだろう。
言い争いの声にかき消されないように、
ぐつぐつと主張してきた鍋が煮える音にユズルは火を止め、
ルゥを入れ溶かした。

「五月蠅いわね。いい?
危ない目に遭わないように気を付けてよね!」

どういう事を話しているのか筒抜けだ。
聞こえてきた言葉にユズルは苦笑した。

(牛乳あったかなー…)

ルゥが溶け切ったのを見て再び火をつける。
ユズルは冷蔵庫の中を確認するとアキのもとに行く。

「姉さん、牛乳買ってくるから鍋見てて」

電話しているので小声で伝える。
ユズルの言葉を聞いて分かったとアイコンタクト。
そして手を振るアキを確認して、
ユズルは家を出た。
外に出ると香ってくる匂いにユズルは頬を緩ませた。

本日の献立は温かくて甘い――。


20161014


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