水上敏志
盾と矛の攻防


※似非関西弁です。申し訳ございません。



「で〜きた!」

やっぱり自分の爪を塗るより人の方が綺麗に塗れる。
真織ちゃんの指先を見て満足する。
日頃マニュキュアを塗る機会がない真織ちゃんは塗ることに少し抵抗があるみたいで派手目の色を避けた。
ワンポイントにアクセをつけたいけど我慢する。
それも抵抗ありそうだし真織ちゃんオペレーターだから、慣れないうちは手が気になって仕事に支障をきたしそうだから……ということで却下。
私は淡い色のピンクをベースにグラデにしてみた。
激しく主張することのないそれはさっぱりとした真織ちゃんによく似合っていると思う。
淡い色なら塗る意味なんてないんじゃないのか?と拒否してたけど先輩                                                                                                                              権限で却下した。
折角綺麗な指をしているのに勿体ないでしょ?
無理矢理すぎたかなーって思わなくはないけど、真織ちゃんの顔見たら強行突破して良かったと思う。

「真織ちゃんかわいい!」
「んな、可愛いのは手だけです」
「そんなことないない!」

照れや恥ずかしさの方が強いみたいだけどそれでも嬉しそうに自分の爪を見ている。
可愛い!
やっぱり真織ちゃんみたいに可愛い妹欲しかったなー。
なんて思いながら私は自分の爪に目を落とす。
気持ちが浮上している今ならなんか可愛く塗れそうな気がする。

「私は何色にしようかなー」
「アキさんこそ可愛いからピンクが似合うんちゃうん?」
「お揃い!それもいいね!」

私は真織ちゃんに塗ったピンクのボトルを手に取る。

「俺はオレンジがええと思いますよ?」

急に声を掛けられて振り向けば水上くんの姿が。
読書に勤しんでいる彼の視線はページに向けたまま。捲るところを見るとちゃんと読んでいるようだ。
それでいて話はしっかりと聞いているんだから相変わらず凄いなと思う。

「ごめんね。五月蠅かったかな?」
「そんなことありません。マリオ楽しそうにしとるしイコさん喜びそうやん」
「確かに」

真織ちゃんが頷く。
生駒くんが女の子が好きなのは有名な話で、自分の隊の作戦室で女の子トークしてるのを聞くと急に華やかになるのが好きなんだと補足までしてくれた。

「アキさん女性らしいし可愛いからピンクの方がイメージ合うんじゃないの?」
「なんやオレンジだって親しみやすくてええ色やろ。
それにアキさん笑ってるとこ可愛いし、これ以上可愛いアピールせんくても大丈夫だしな」
「……うち、可愛げなくて悪かったな」
「誰もそんなこと言うとらんやろ」

生駒くんはよく女の子に可愛いって言うイメージが強いけど他の子はあまりそんなイメージはない。
だから予想しない人の口から可愛いって言われると少しどきっとする。
褒められて嬉しかったのか胸が温かくなった気がした。
二人のやり取りを見ていていると余計にそう思う。
本当に生駒隊の皆って仲がいいんだなーって。

「オレンジ、いいね。それにしよう!」

言いながら私はオレンジ色のボトルを手にした。



◇◆◇



私が生駒隊の作戦室に行くようになったのって真織ちゃんがいたからなんだよね。
真織ちゃんのお兄さんと同級生でそれで仲良くなった。
一人っ子だからというのもあって兄弟がいるって羨ましかったんだけど、
そんな時に真織ちゃんがお姉さん欲しいって言ってたのをきっかけにいつの間にか本当の兄妹みたいになっちゃった。
大学のために家を出て一人暮らし。
ホームシックにも慣れて、新しい環境に慣れて、ボーダーに入隊して――……そこで真織ちゃんと会った時は本当に驚いた。
嬉しくて勢いよく生駒隊の作戦室に遊びに行ったのがきっかけ。
生駒くんをはじめ皆歓迎してくれたからたまに遊びに行くようになった。
妹に接するみたいにおしゃれな話とか服を買いに行ったり……はもうしたけど、
メイクとかいろいろしたいんだよね。
まだ自分にはいらないって真織ちゃんが言うからネイルに落ち着いた。
恥ずかしがってるけどネイル終わったら時の真織ちゃんの顔見ていると女の子なんだなーって感じで姉としては嬉しいんだよね。
真織ちゃんのきらきらした目が凄く可愛くて……!
私もあんな風に可愛くなれればいいのになって。思っちゃうんだよね。
可愛いって言われるの凄く嬉しい。でも言われるのは恥ずかしい。
凄く分かるんだ。
気づいて欲しい、気づいて欲しくない……矛盾した気持ちがぐるぐる自分の胸の中に渦巻く感じ。
新しいものに挑戦する時って少し不安になったりもする。
一歩踏み出す勇気って凄く必要な時がある。
そう言う時って親しい子と一緒にいると落ち着くじゃない?
ここは皆温かいから元気が貰えるんだ。
私はここでの時間を楽しみながら一歩踏み出す勇気を貰ってる。
口にはしたことないから誰も知らない。

……はずだったのにな。

「真織ちゃんいるー?」

ノックして生駒隊の作戦室の扉を開ける。
歓迎されていることを知っている私は返ってくる言葉がなかったのにそのまま中に入ってしまった。
入ってから反省するけど、遅れて返ってきた言葉に私は苦笑した。

「水上くんしかいないんだね」
「ああ、マリオはオペレーターミーティングに参加しとるからな。
イコさんは大学のサークルで隠岐は狙撃手合同練習。カイは……この前友達と遊びに行くって言っとったな」
「チームメイトのスケジュール覚えてるんだね」
「アキさんも知ってるから来たんやろ?」
「たまたまだよ?」

言うと私はソファに座る。
このまま身体が沈んでしまえばいいと思うのに残念ながらそこまでふかふかしてはいない。
至って普通のソファに無理を言っても仕方がない。
この部屋のソファの座り心地は知っている。

「何かあったんですか?」
「う――ん、何もなかったかな」
「そうですか」

私の曖昧な言葉に何か悟ったのか水上くんはそう答えた。

私が生駒隊の作戦室によく遊びに来るのは真織ちゃんと遊びたいだけじゃないことに気付いたのは水上くんだった。
なんでも私がここに遊びに来た日、高確率で一定の隊員と一緒にいるところを見るらしい。
それだけで色恋に結びつけるのはどうかと思うけど、その時の私の顔が所謂恋する女の顔だったんだって。
今まで指摘されたことなかったから知らなかったけど私は顔に出やすいタイプらしい。
私はあっさりとその人が好きなことを認めた。
少しでも長く話がしたくて少しでも可愛く見られたくて……だけど勇気がでない時に私は生駒隊の作戦室で真織ちゃんにマニュキュアを塗る。
誰かの手を握っているとなんだか落ち着く。そのことに気づいて……。
ネイルをするのはただの口実。
勿論真織ちゃんに喜んで貰いたい気持ちはあるよ!
真織ちゃんの反応って純粋で可愛いから見ていると私は嬉しくなる。そして少しでも私にその可愛さを分けてもらえれば――なんて考えて。
そんな私の打算に気付いた水上くんはよく人のことを見ているなと感心した。
居心地の悪さを感じたのは最初だけだった。
水上くんは私の打算について誰にも言わなかった。
気づけば恋愛相談に乗ってもらう仲になってた。
私は真織ちゃんがいないのを知ってても生駒隊の作戦室に遊びに来るようになっていた。
連絡しなくても水上くんは部屋にいるから私の行動って分かりやすいのかなって少し落ち込んだ時もあったけど部屋を出る時はその倍の元気と勇気を貰っているんだから何も言えない。
ただ私ってげんきんだなって思う。
そして単純だとも。

「今日も塗ります?」
「うん、お願いしてもいいかな?」
「いいですよ」

水上くんが私の手を取る。
こうして彼が私の手にマニュキュアを塗ってくれるようになったのはいつからだっただろう。
彼の手から伝わる温度。
ハケが触れると冷たくてヒヤッとする。それがより一層水上くんの熱を意識してしまう。
この行為にはなれた。だけど彼の厚意には慣れない。慣れなかった。どんどん慣れなくなっていった。
好きな人がいるのに。その人のことを想って相談しているのに。
気づいたら私はその人よりも水上くんのことが気になっていた。
乙女心も秋の空。
私ってこんなにも心変わりするんだなって笑ってしまった。
同時に笑えなくなった。
好きって言いたい。好きって言えない。
水上くんにどう思われるのか知りたい。知りたくない。
ずっと私の中で正反対の意見がぶつかり合っている。

「私、伝えてみようと思うんだ」
「そうですか……」

水上くんが小さく答えた。

「ちゃんと言えるかな」
「今までアピールしてきたんやから大丈夫ですよ」
「……大丈夫かどうか分からないでしょ?」
「分かります。アキさんは上手くいきます俺のお墨付きや」

水上くんの言葉に涙が出そうになる。
だけど笑ってるところ可愛いって言われたのを思い出してぐっと堪えた。

「塗って貰えなくなるの淋しくなっちゃうな」
「せやな」

塗ってもらうのはこれで最後にしようと私は覚悟を決めた。


20170916/2周年記念


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