境界の先へ
あな
しおりを挟む
[ 10 / 20 ]
昨日はいなかったのだから、今日も来ないかもしれない。
そう思っていたのに、陽太郎は遠慮なくヒュースの手を引っ張るし、
足はそれについていくし…で、
ヒュースは自分の気持ちとは反対に動く身体に何か違和感を感じていた。
公園に辿りつく。
そこに彩花はいた。
「昨日はごめんなさい!ちょっと風邪引いちゃって…!」
出会い早々謝られた。
昨日はこっちも来なかったかもしれないのに…いや、実際ヒュースと陽太郎は公園に来たが、
それを疑わない彩花にヒュースは驚いた。
同時にほっと安心した。
何でなのかヒュースはやっぱり解からない。
「ふん、こんあ過ごしやすい環境で風邪を引くとは…何弱だな」
「…ごめん」
「彩花、きにするな。
ヒュースは彩花がいなくてしんぱいしていたぞ。
それをすなおにいえない…ツンデレ?っていうやつだ」
「違う!彩花がいなくて落ち込んでいたのはお前だろう」
「うん、ありがとう」
ヒュースと陽太郎のやり取りに彩花は笑った。
いつものベンチで三人は座って話をしていた。
座る場所もいつも通りで端っこに彩花とヒュース。
その間に陽太郎だ。
彼等は昨日、玉狛での話をした。
どうやら皆彩花の事が気になっている事も。
やっぱりお菓子をあげすぎなのかな…と彩花は心配するが、
ヒュースはそういう事ではないと思っている。
では何かと聞かれたら知らんの一言しかない。
「でもなんか仲良くて楽しそうだね」
「ああ、タマコマはかぞくだからな!みんななかがいいぞ!」
「たまこま?」
二人がボーダー関係者だという事を知らない彩花は首を傾げる。
「レイジはりょうりがうまくて、かっこよくてつよいんだぞ!
じんはいつもおれにぼんちあげくれるし、こなみは…」
陽太郎が嬉しそうに玉狛メンバーの話をする。
それを見ていると話しの途中で口を挟むのも憚れる。
陽太郎の話を聞いていると胸がほっこり温かくなる。
どれだけ玉狛が好きなのかそれが伝わる。
「いい家族だね」
彩花の言葉を聞いてヒュースは思った。
確かに玉狛の温度感とでもいうのか、
飾り気のない雰囲気はそれに近い。
捕虜だった自分にも形式上仕方なく捕虜として扱うという感じで、
最初からその一員のような扱いが端々に感じていた。
皆がヒュースを見、一人の人間として接するその態度に、
母国で自分を育ててくれたかつての家族を思わせた。
だからヒュースが玉狛に心を開いたのはそれが理由でもあった。
自分はもうあそこには戻れないけど…とヒュースは思う。
「羨ましいな…」
そう呟いた彩花の声にヒュースは思わず、彩花の方を振り向いた。
「仲、良くないのか?」
踏み込んだことだとは分かっている。
だけど気づけばそう聞いていた。
彩花は少し困ったように笑う。
「仲は悪くないよ?」
「だったら何でそんな顔するんだ?」
「私、お兄ちゃんがいるんだけど…仲がいいわけでもないの。
最近になって少し、会話する事が増えたくらいかな…。
お姉ちゃんがいた時はここまでではなかったんだけど」
「けんかしているのか?ながびくとたいへんだってとりまるがいってたぞ」
「してないけど…そうだね。大変だね」
何も分かっていない陽太郎の言葉に彩花は笑って頷いた。
「今日もお菓子作ってきたんだよ!
はい、ドーナツ」
「やったー!彩花のおかしはおいしいからおれ、スキだ」
「ありがとう。
はい、ヒュースくんも」
「ああ」
ヒュースは彩花からドーナツを受け取る。
何故真ん中が空いているのかと思わず穴を覗く。
覗いた先に見える彩花の顔を見て、
本当は渡したい人間は別にいるのだろうと思う。
彩花と目が合う。
穴から覗くヒュースが可笑しかったのか笑う彩花に気まずさを覚え、
ヒュースは顔を逸らしてドーナツを食べる。
「美味いな」
その言葉を聞いて彩花はただ「ありがとう」とだけ言った。
20160429
<< 前 | 戻 | 次 >>