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Ep.あんだんて

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※本編終了後、恋人同士になった2人の後日談。


「ヒュースは彩花とちゅーしてるのか」
「……!?」

陽太郎の言葉にヒュースが口にしていた飲み物を噴き出しそうになった。
必死に堪えたのはいいものの咽てしまって咳が止まらない。

「だいじょうぶか、ヒュース?」
「だ、いじょうぶだ……」

全く大丈夫ではないのだが流石に先輩である陽太郎に心配をかけるわけにはいかない。
ヒュースは頑張って深呼吸をし、平常心を保とうとする。
どうなんだと深く聞いてくる子供にヒュースは正直に「していない」と小さく答えた。
それに対して陽太郎が顔を伏せてしまう。
一体この子供に何が起こったのか……気が気でないヒュースはかなり恥ずかしいが原因を聞くしかなかった。

「いきなりどうしたんだ?」
「ヒュースと彩花はこいびとどうしなのだろう?
コナミがいっていたのだ。こいびとどうしはなかよくするためにちゅーするものだって」

話を聞くにどうやら昨日見ていた恋愛ドラマのキスシーンで、
小南がこんな恋がしてみたい、こんな彼氏とキスしてみたいと言っていたことが事の発端らしい。
どうして小南がそう言うのか分からない陽太郎が聞いたところ、
「恋人同士がもっと仲良くなるためのスキンシップよ」と簡単に答えたのだ。
余計なことを言うなとヒュースは思ったが、陽太郎の言葉はまだ続く。
ヒュースと彩花は恋人なのにそういうところを見た事がないと小南に言ったのだ。
それに関して小南は迷った末に「……あんたも一緒にいるからでしょ」と答えた。
確かにヒュースと彩花が付き合うことになっても陽太郎を入れて3人でいることが多かった。
つまり自分がいるから2人は仲良くできないと陽太郎は思ってしまったらしい。
ヒュースと彩花からしてみれば今の自分達がいるのは陽太郎のおかげなため、
邪険にはしていないのだが……。
大好きな2人には仲良しでいて欲しい陽太郎からしてみればこの事実は大事件に他ならなかった。
そしてヒュースの言葉を聞いて「ぐぬぬ…」と唸りながら陽太郎は決心をした。

「ヒュース。せんぱいめいれいだ。
あしたはおれぬきで彩花とあそびにいってくれ」

それが昨日、陽太郎に言われた言葉だった。



「ヒュースくん、大丈夫?」

彩花の言葉にヒュースは我に返った。
目の前にいる彩花が自分の顔を覗き込んでおり、
思わず顔を逸らした。

「陽太郎君、今日は別の子と遊ぶんだ?
一緒に来れなかったの残念だね」
「……そうだな」

咄嗟に返事をするが、頭の中は陽太郎に言われたことがぐるぐる回っている。
子供の言葉に何を振り回されているのだろうかと自分でも思うが、
残念ながらヒュースの頭はなかなか切り替わらなかった。
アフトクラトルで軍人の訓練で気持ちの切り替えを学んだ。
命を捧げた当主がいて恩に報いるために軍人になっても地位を得るために功績を残した。
気に食わない人間がいても対処する術は持っていたし、
特定の思惑を持って近づいてくる人間がいても気にも留めなかった。
恋愛だって政略的に繋がることはあるとしても自分から想いをよせることはないと思っていた。
誰もいないと思っていた。
誰も作る気もなかった。
なのにヒュースは玄界で過ごすうちに大切な場所ができて大切な人ができた。
一緒にいるだけで心安らげる空間が存在するなんて知らなかった。
自分がそれをこんなにも大切にするとは思ってもいなかった。
ヒュースは彩花のことが好きだ。
3人で過ごしていた時に意識しなかったわけではない。
ただ陽太郎がいたからあまり緊張することなく共に過ごせていただけだ。
それが2人になって意識するなというのは無理な話。
しかも陽太郎があんなことを言ってくれたおかげで余計に意識してしまう。
彩花の視線、仕草、声、そして最後にツヤのある唇と目がいき、
ヒュースは慌てて目線を逸らした。
焚きつけられて彼女の唇を意識しているのが、
まるで自分が彼女を大切にしたいという意志を無視しているように思えて嫌だった。

「……」

急に彩花が立ち止まる。
それに気づいてヒュースも立ち止まり彩花の方へ振り返った。
どうしたんだと口を開くよりも先に声を上げたのは彩花だった。

「ヒュース君、今日は帰ろう」
「っ!?具合が悪いのか?」
「そんなことないよ。だけどヒュース君は違うみたいだから」

彩花の言葉に体調が悪いわけではないと知り、ヒュースは安堵した。
そして次に彩花に指摘されたことが気になった。

「オレは違うってそれはどういう――?」
「上の空だから……体調悪いのかなって」

無理しなくてもいいよと彩花は言う。
本日初めてヒュースは彩花の顔をまともに見た。
笑ってはいるが表情はどこか淋しそうでヒュースは動揺する。
自分のことで頭がいっぱいになっていて彩花を見ていなかった。
一緒にいて欲しいと思ってはいた。
だけどそんな顔をして欲しいわけではない。
彩花の唇が動く。
なんとなく「私、帰るね」と、言われるような気がした。
言わせまいとヒュースは彩花との距離を縮める。
彩花の肩に手を置き、自分を見て欲しいと告げる。

「違うんだ、体調が悪いわけではなく――」

かと言って陽太郎に2人はキスをしないのかと心配されたと言えるわけがなく、
ヒュースは必死に言葉を探す。
なかなか口を開かないがそれでもヒュースが何かを伝えようとしていることが分かる。
彩花は大人しく待っていた。
自分を信じて待っていてくれているのは凄く嬉しいことだが、
彼女が真っ直ぐ見つめてくる瞳に、
ヒュースの心拍数は更に上昇するだけでいい言葉が思いつかず、
白状するかどうするかと葛藤している中、耐え切れなかったのか思わず言葉が漏れた。

「唇を……」
「?」
「……意識しすぎて……」

「顔が見れない」という小さな声を拾い、彩花の頬がいきおいよく染まった。
彼女の反応を見てヒュースは今自分が恥ずかしいことを口走っているのだと自覚した。

「い、今のはな――」
「良かった……!」
「なにがだ?」
「嫌われたのかと思って」
「そんなわけないだろう!
オレはお前が好きだ。それはこれからも変わらない」
「ありがとう」
「……ああ」
「……」
「……」

お互い無言になる。
2人の間に流れるのは気まずい雰囲気ではなく、ただの気恥ずかしさ。
勢いで自分の想っていることを言ってしまい、
ヒュースは自分の未熟さを痛感しているところだった。

「今日は暑いな……カフェにでも行くか」
「そうだね」

この辺りの地理は大分詳しくなったヒュースは、
カフェの方へと足を向ける。
それを彩花がヒュースの手を握る。
心の準備も何もしていなかったヒュースは一瞬びくりと肩を跳ね上げた。

「今日は2人だから!……たまには繋ごう?」
「そうだな」

彩花の手をヒュースは握り返す。
いつもと違う距離感、伝わってくる熱に心臓が落ち着かない。
隣に目を向けるとすぐ近くにある彩花の顔、そしてぷるっとした唇に目がいく。
彩花に少しだけ事情を話してもまだ頭は切り替わりそうにない。
慌てて視線を元に戻した。

「ねぇヒュース君」
「なんだ?」
「また今度、一緒に出掛けようね」
「ああ」
「うん」
(落ち着けオレ……!)
(避けられるの淋しいから、次はグロス塗るの止めておこう)

未だに慣れない恋人同士の時間だが、
2人は手を繋ぎ歩いていければ、それは凄く穏やかで幸せだと、
じわっと伝わる体温が教えてくれた。
そんなある日の1日――……。


20170709


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