たけあや 0826

竹谷と兵助が色の授業の相手に誘われた。その事を三郎を通じて聞いた私と綴の空気が固まった。
「私は琴がいるから断ったけどな」と、爆弾投下だけしといて笑顔で立ち去っていく三郎には何も言えなかった。

「さ、さすがくく兄!人気者!自慢の片割れ!」

綴はいつもと変わらないような態度をとって見せていたけど内心は動揺しまくりで必死に笑顔を繕って逃げるように何処かに走っていってしまった。
竹谷が、色の授業の相手に。要するにくのいちの子と一夜を過ごすということ。私となら普段は取っ組み合いの喧嘩にしかならないあの竹谷が。ううん違う、竹谷は優しいし…まぁ、男気もあって頼りがいはあるとは思う。そんな竹谷が色の相手に誘われたってなにも不思議な事はない。別に私には関係ないことじゃないか竹谷が誰とそうしたって。私と竹谷は同室の腐れ縁というだけ、竹谷からすれば私はきっと喧嘩相手としか言えないしそれ以上も何もない、のに。

「…なんで」

わからない、モヤモヤした感情が渦巻く。今は竹谷に会いたくない、どんな顔して会えばいいかわからない。今日は薊の部屋にでも泊めてもらおうと思った時、見覚えのありすぎる姿が長屋の廊下を横切った。

「絢?」

よりによってこのタイミングで一番会いたくなかった竹谷に会うなんて!いつもなら何ともないはずなのに竹谷に名前を呼ばれただけで一歩後退りをしてしまった。私の態度が気に食わなかったのかムッとした表情を浮かべた竹谷はそのままずいずいとこっちに近づいてくる、私は後退りをする。一定の距離は私と竹谷の部屋の前でなくなり、腕を捕まれ部屋に押し込まれそのまま尻餅をついてしまった。

「いった…!何すんの竹谷!」
「絢が変な態度とるからだろ」

竹谷を睨み付けるけどに何事もなかったのように流される。本当に容赦ないな、こいつ…!自分だけが変に悩んでるみたいでそれが悔しい。馬鹿みたい、もう挑発でもなんでもしてやる。

「…三郎から聞いたよ。色の相手に誘われたんだって?」

ピクリ、と竹谷が反応したのがわかった。表情には出してないけど揺さぶりかけることは出来そう。

「…絢には関係ない事だろ」
「凄いじゃない、さすが竹谷」
「絢、やめろ」
「相手はどんな子?」
「絢、」
「今度どの子か会わせ」
「絢!」

怒りの含まれた竹谷の声が部屋に響く。怒らせたのはわかる、そのつもりで仕掛けたのだから。

「何よ、竹」

竹谷、と言い終える前に大きな手に頬を包み込まれる。視線を合わせるように向かされた目の前には竹谷の真剣な顔。こんなにも間近で竹谷を見たことはない、思わず息が詰まる。

「…何で泣いてるんだよ」

泣いて?何を言ってるの竹谷は、私は泣いてなんかいない、泣く理由なんてない。

「泣いてなんか…」

ぽろり、涙が零れ竹谷の手を伝った。あれ、何で。

「あのな、絢。あんまりそういう事言われると俺も傷つく」

溜め息をついた竹谷からはさっきまでの真剣な顔はどこへいったのか、いつもの竹谷がそこにいた。

「色の相手がどうだとかの、あれ」
「…だって誘われたのは本当でしょ?」
「断ったに決まってるだろ」

色の相手を断った、確かに竹谷はそう言った。断る理由なんてないはずなのに。

「何で、って顔してんな」

呆れたような笑みを浮かべた竹谷の腕を軽くつねってやったら怒られた。

「絢がいるのに引き受けるわけないだろ」
「………はい?」

竹谷は何を言ってるのか全く理解出来ない、さっきからこの近すぎる距離も合間って正直頭の中は冷静さを失っている。頬から両手が離され竹谷は小さく唸り、ばつが悪そうにがしがしと自分の髪を引っ掻いた。

「っ、もう知らねぇからなこの鈍感!」
「だ、誰が鈍感よ馬鹿竹谷!」

取っ組み合いか、身構えた瞬間私の背中には床のひんやりした感覚、天井と共に竹谷が視界に移りこむ。気のせいなのか、竹谷の頬が少し赤い。

「…優しくなんて絶対してやらねぇ」

耳元で、ぞくりとするような低音で竹谷が呟いた。



category:落乱
タグ: たけあや


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